
ロイヤル オーク ブレスレット
まとめ
メタルブレスレットのルーツ
最初の腕時計は女性のためのモデルでした。18世紀から19世紀においては、タイムピースとして時刻を示すよりもジュエリーとしての要素が優先され、多くの場合ダイヤルはジェムセットのカバーに隠されていました。この時代、フランス語では腕時計のことを montres-bracelets(リストウォッチ)ではなく、bracelets-montres(ウォッチブレスレット)と呼んでいました。20世紀になり精度の高いミニチュアムーブメントが開発されても、この伝統は続きました。特にオーデマ ピゲでは最高のジュエリー職人がつくりあげる瀟洒なブレスレットつきのウォッチが好まれ、その多くはジェムセットでほとんどゴールドまたはプラチナ製でした。
メンズウォッチの歴史はちょっと違います。20世紀になってやっと、男性は少しずつ時計を腕につけるようになりました。第一次世界大戦の経験により、軍事行動など同時に何かを行う時には取り出さなければ見ることができないポケットウォッチより、腕につけた時計ならばちらっと目をやるだけでより効果的であることがわかりました。しかし女性の場合の傾向と逆に、男性の場合はウォッチの計時機能の方がずっと重要でした。男性が安価なウォッチでもラグジュアリーウォッチでもレザーストラップの方を好むのは、これが理由かもしれません。さらにこれによりレディースウォッチとの違いを際立たせることにもなりました。数十年にわたり、わずかの例外を除いて(例えばプレモデル1530)オーデマ ピゲのメンズウォッチはカーフスキン、ピッグスキン、スエード、またバクーのレザーストラップなどを使っていました。
レザーストラップは柔らかく使い心地が良いように思えますが、スポーツ、特に水上/水中のスポーツには適していません。ケースが防水でもストラップが水に弱いのであれば、どうすれば良いのでしょうか?ロレックス、オメガ、ブライトリングなどのメンズスポーツウォッチでは、1940-50年代にスティールブレスレットをよく使うようになりました。
1960年代
オーデマ ピゲでは1960年代にメンズ、レディースどちらもメタルブレスレットの黄金期を迎えました。これらのゴールドまたはプラチナのブレスレットはル・ブラッシュのアトリエで調整、仕上げが行われケースに取り付けられていました。その前の工程までは独立系の高級チェーンメーカーやジュエラーが担当していました。その中にはマセラ、アントニオーニ、ギウゼッペ・ヴィラ、ポンティ、ハフナー、ギャランティなどがいました。パリからの供給はクリストフォル、ジョルジュ・ランファン、またジュネーブからはジャン=ピエール・エコフェ(パテック・フィリップに供給)がいました。ブレード糸をミラネーゼ編みにした研磨仕上げのほか、ダブルポリッシュのメッシュパターンもありました。エングレービングしたり、タイルやトライアングルを組み合わせたもの、非対称デザイン、豊かな深みを出す彫刻を表面に施したりしたものもあります。
これらのブレスレットはクラフツマンシップの技の見せ所でした。ロレックスのオイスターや、オメガのコンステレーションなどスポーツウォッチのスティールブレスレットとはとても違っています。オメガは1964年にすでに一体型ブレスレット特許 (CH405170)を登録しています。この二つの世界はそれでもオーデマ ピゲのイタリア、フランス、スイスの販売エージェントたちによって融合して行きました。ロイヤル オークのブレスレットは、一見パラドックスのような方法を考案しました。手仕上げのスティールブレスレットをジュエリーブレスレットのような洗練されたスタイルにしたのです。
「ブレスレットの上で光が歌う」
2011年のオーデマ ピゲへのインタビューによると、デザイナーのジェラルド・ジェンタはウォッチの識別にとってブレスレットが重要であることに言及しています。「数センチ、いや数ミリでも見れば十分。全部を見る必要もない。それほど重要なことだ!」と言っています。彼は続けて、ロイヤル オークに関して言えば「高価なムーブメントを収めたスティールの自動巻きのウォッチをつくるということ。ブレスレットはフラットで薄く、しなやかで好まれるデザインであること。フラットなサテン仕上げで光が美しく反射するものであること。腕につけたウォッチは、光がブレスレットの上で歌うようであってほしい!」
ロイヤル オークのブレスレットのデザインは、ケースと同レベルに高級でなければなりませんでした。ジェンタは、フォルムは自然にできたと言います:「デザインボードの上でそのフォルムは当然のように見えた」ロイヤル オーク5402 の誕生に関する記事では、ジュネーブのゲイ・フレール社によるロイヤル オーク ブレスレットのクリエイションについて語っています。ここではスタッズ、ネジ、アタッチメントなど主な技術的特徴とそれらの進化についてお話ししたいと思います。


「一体型ブレスレット」とは正確にはどのようなもの?
ロイヤル オークと言えば、私たちは当然「一体型ブレスレット」だと思っています。でもそれはどういう意味でしょうか?時計業界でそれは明確に定義されていないのですが、この表現の正確な意味はどういうものでしょうか?
1998年に出版された 時計理論 のマニュアルではこの言葉は説明されていませんが、似たようなコンセプトを「ケースに固く溶接したブレスレット」というカテゴリーの中で紹介しています。つまりケースとブレスレットが固定され、互いにロックされ、一つの要素としてデザインされている。これが「一体型ブレスレット」の定義に相当すると思われます。1960–90年代の多くのオーデマ ピゲ レディース ウォッチは、このカテゴリーに相当するブレスレットを使用しています。代表的なものは1971年に導入されたモデル 5403でした。そのデザイナーであるジェラルド・ジェンタはこのブレスレットを「見事」「完璧に一体化している」と評しています。ブレスレットは10個のかなり厚いポリッシュメッシュのコマの幅が徐々に太くなり、ダイヤルへとつながっています。溶接(または一体型させた)ブレスレットの伝統は1990年代まで続きました。ジュエラーのイワン・クンツルは1989年にオーデマ ピゲに入った時、ブレスレットを調整しケースに溶接して固定する作業を、57名のクラフツマンが担当していたことを思い出します。
しかしロイヤル オークはこのように作られてはいません。時計師は4つの側面ネジにより、ケースからブレスレットを簡単に外すことができます。なぜジェラルド・ジェンタは(時計業界の多くの人々も含めて)このブレスレットを「一体型」と言うのでしょうか?答えはウォッチの構造の中にあります。厳密にデザイン的な観点から言うと、ブレスレットの1列目のコマは純粋にケースの一部です。2個のリンクがミドルケースの斜面部分に取り付けられ、ブレスレット側の1列目の可動リンクにつながっています。この解釈には賛否両論があるでしょう。時計師からすれば「ケースはケースだ」と言うかもしれません。この点をとってもロイヤル オークが既存のカテゴリーの境界にこだわっていないことがわかります。
ロイヤル オーク ブレスレットのテーパー
ロイヤル オークのブレスレットは、2つ一組の小さな長方形のリンクでつながったテーパー付の大きなコマで構成されています。最初のロイヤル オーク、モデル5402につけられたブレスレットにはno. 344の番号がついています。最も幅広いコマがミドルケースに取り付けられ、これは25.9ミリあります。最も幅が狭いコマは15.9ミリでそれにつながるフォールディングバックルの幅に相当します。二つの固定用コマの幅の違いはかなり大きく、ほぼ倍近くに相当します。
この二つのサイズの大きな違いの秘密は、完璧にデザインされたライン、つまり有名なブレスレットテーパーです。これがうまく行くには、時計師(またはコレクター)は、ブレスレットの側面を指で一度でスムーズになぞることができること。これはブレスレットの上面も同様、完璧にスムーズでなければなりません。
このスムーズな流れをつくるため、ブレスレットno. 344は17から20個、12種類の異なるサイズのコマ(長さにより)を組み合わせています。見た目にもこの「デクレッシェンド」効果は、もしコマをつないでいるリンクが真っ直ぐに並び同じサイズだったら、ずっと薄れていたでしょう。注意深く見れば、そうではないことがわかります。ブレスレットの幅が狭くなるにつれて、コマの幅は3.6ミリから2ミリへと縮小します。バランスを保つため、リンク同士の距離も8.9ミリから 7.1ミリへと減少し、リンクはブレスレットのカーブをなぞります。そのため一つのブレスレットのリンクは、9種類の異なったサイズになっています。1972年に戻りましょう。この時に世界初のスティールブレスレットが登場しました。
とても複雑な製造工程
ジェラルド・ジェンタはテーパーブレスレットは「製造工程が非常に複雑になる」ということをよく知っていました。ブレスレットno. 344
(延長コマ付)は154個の部品で構成されています。コマ20個、リンク44個、ピン75個、ネジ8個(ミドルケースに固定するネジを含む)です。全部で34種類の異なる形状の要素が手作業で調整され、装飾されて組み立てられています。
それぞれのリンクは2個のグルーブピンでコマに「嵌め込まれ」中にそっと押し入れてブレスレットの側面に隠されます。これらのピンはブレスレットの「硬すぎもせず、やわらかすぎもしない」しなやかさのキーポイントとなります。常に摩擦と摩耗に晒され、それは1970年代のブレスレットが50年後の今とても柔らかくなっていることからもわかります。ピンに加え、コマとリンクの上面と底のエッジは回転の動きを助けるようやや丸められ、これもしなやかさを生み出しています。
ブレスレットの表面はミドルケースとベゼルのサテンと同じグレインの繊細なサテン仕上げです。光をスムーズに反射して一連の反射効果を生み出し、「一体型ブレスレットの効果をさらに強調します。両側のエッジはラッピングマシンまたは回転研磨で加工し斜面をつけ、ムーブメントのスティールの面取り部品のようにシャープな光のきらめきが生まれます。ケースの縁に沿ってこの仕上げが続く一方、コマのファセットはサンドブラスト仕上げとして、他の部品とのコントラストをつけています。
テーパーをよりなめらかにするため、1列目のコマの斜面はミドルケースのサイド斜面と揃えています。ただしコマがバックルやクラスプに近づくにつれ、斜面幅は狭くなります。このような「減少する斜面」はブレスレットが手で組まれた後に行われるのですが、なかなか微妙な作業です。
このようにとても洗練されたディテールの存在は、オリジナルの特徴である表面に出したネジ、オーバーサイズのスティールケース、力強いラインにかかわらず、ロイヤル オークに1972年の時点からすでにフェミニンな要素が盛り込まれていたことを示します。これが1976年にレディースバージョンがスムーズに生まれるベースとなりました (最初のレディースモデル誕生の記事を参照)。
ブレスレットNo. 344は一本一本がユニーク
モデル5402はそれまでのオーデマ ピゲにはない、10年のうちに6,000本以上を製造するなどの記録を塗り替えましたが、ロイヤル オークの誕生時には基本的には手作りのウォッチでした。
1972年に最初のロイヤル オークを組み立てた時計師のフレディ・キャプトは「ブレスレットメーカーとケースメーカーは精度に欠けていた」と当時のことを思い出します。時計師たちはプッシュツールを使って調整をしていました。「それぞれのケースごとにプッシュツールを作らねばならず、それは他のモデルには使えなかった」。つまりカスタマーサービスにウォッチが点検や修理で戻ってきた時、これを分解する時計師たちはケースナンバーの下二桁をそっとブレスレットとベゼルに彫っておき、修理アトリエから戻ってきて再組み立てをする時に正しくマッチするようにしていました。
アタッチメント部の進化
最初のロイヤル オークのブレスレットno. 344 は常に改善を続けながら、何度も進化を遂げています。
初期の数年間には、ブレスレットとミドルケースとのアタッチメントに関して3つの大きな進化がありました。最初のバージョンではネジがミドルケースの外側の端、リンクの内側の端にあたる部分にありました(「バージョンno. 1」の図解を参照)。これはすぐに問題であることがわかりました。ユーザーはリンクを90度まで回転させることができ、これはブレスレットのデザイン的流れを壊してしまうものになります。
これを解決するため、カスタマーサービス部門は1列目のコマの下に小さなプレートを溶接し(「バージョンno. 1」の図解)、その回転を抑えました。それから数年はル・ブラッシュに点検で戻ってくるウォッチにこの方法が適用されました。平行して技術部門ではリンクとケースのネジの位置を変更しました(「バージョンno. 2」)。図面によるとこの変更は1974年8月に実施され、これはAシリーズの終わり頃に相当します。しかし変更は徐々に行われたと考えることもできます。
フォールディングバックル
フォールディングバックルはブレスレットの安全を保つ要素で、1909年にパリのジャガー ルクルトが特許を登録したのが最初です。ブレスレットが誤って開いてしまった時に手首から落ちることを避けるための装置です。このタイプのバックルは第二次世界大戦後、スポーツウォッチ、特にスティールブレスレットで広く使われていました。ブレードを閉じる大きなカバーの両側には、長さ調整のための穴が開けられています。しかしオーデマ ピゲではもっと後にフォールディングバックルを採用しています。1960年代以降、プラチナのブレスレットが普及しましたが、それらはクラシックなジュエリーウォッチの留め具システムを使っていました。
スポーツ性をアピールするロイヤル オークのために、オーデマ ピゲは自社初のフォールディングバックルを開発しました。機能は重要ですが、そのデザインはウォッチ全体の雰囲気に合うものでなければなりません。ウォッチを手首に着けている時、2本のブレードはブレスレットの下にきちんと隠れ、その存在を全く感じることがないようにすることが必要でした。リンクの幅の小さなカバーが開いてブレスレットを安全に保持し、同時にアタッチメントシステムを隠し強化していました。このような目立たない方法がロイヤル オークのシグネチャーコードの一つです。1972年以降、フォールディングバックルのブレードの形状と数は様々に変化しました(ダブルブレード、トリプルブレード、カットアウトブレード、APモノグラムロゴ付ブレードなど)。オーデマ ピゲはそのいずれにおいても、これをブレスレットのリンクの下にきちんと隠し、ブレスレットの美しさを最大限にアピールしていました。
ブレード バリエーション 5402
コレクターの方々はご存知と思いますが、最初のブレスレットno. 344 のブレードにはGとFの文字をかたどった中にラクダの頭部を描いた登録商標がついています。これはジュネーブの有名なメーカー、ゲイ・フレール社のものです。このシグネチャーの右に素材("STAINLESS STEEL")と原産地("SWISS MADE")が記され、製造年とロット番号が記されています(最初の例の1 – 72)。
シグネチャーの左には"PATENTED"(特許登録済)と記載されています。ただし特許番号まではよくわかりません。小さなカバーのダブルブレード式のバックルは、ゲイ・フレール社の1979年(特許CH63697)の登録以前には現れていません。また"PATENT"(特許)の記載は1970年代半にいったん消え、1980年代始めに再度登場します。
現在存在しているデータからは、何本のロイヤル オーク5402 がゲイ・フレール社のブレードを備えていたかはっきり知ることはできません。遅くとも1975年にはこれがオーデマ ピゲのシグネチャーに置き換えられました。他のサプライヤーが自らのシグネチャーを記すことを希望したからかもしれません…ゴールドケースにはサプライヤーの刻印がつけられていました。スターンはロイヤル オークダイヤルの裏側にその星のマークを刻印していました。その他のシグネチャーは稀でしたがブルガリ、ティファニー、ギュブランなどについてはダイヤルに記載されることがありました。
コレクターの方々にとって興味深いと思われる点があります。1977年、最初のモデル5402BAにはイエローゴールドのブレードが使われたことです。しかしこの素材は柔らかすぎたため、その後のモデルにはホワイトゴールドのブレードが使われました。
キャップ バリエーション 5402
小さなカバーはブレードロック装置を隠すためだけでなく、安全性を守る役割がありました。閉じた状態を保つため、リンクピンのところの溝の中に二つの小さなキャッチスロットがありました。つまりカバーが閉じている限り、ブレードは開かないようになっていたのです。
モデル5402のカバーも進化しました;当初はAUDEMARS PIGUETとフルレターで記載されていましたが、数年後APモノグラムロゴに置き換えられました。アーカイブにはこの変更期日は記されていませんが、カスタマーサービス部門の時計師たちは、フルレターのカバーは5402のBシリーズの時(つまり1975年から1976年)に徐々に消えていったと語っています。
ブレスレットNo. 344の後継モデル
モデル5402の後、ブレスレットno. 344はいくつかのロイヤル オーク“ジャンボ”モデルに使われました。特に 4187 (1979年)、そして最初の極薄なロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー、モデル5554 (1984年)、そしてその後のバージョンの25624 (1985年)、25654 (1986年)、25636 (1986年) などです。
1981年にこのブレスレットは最後の大きな進化をとげました。市場の声とカスタマーサービスの要望により、オーデマ ピゲは細い手首のための小さなフォールディングバックルを導入しました。そしてリンクを溶接した「ハーフコマ」により、長さを微調整できるようにしたのです。ただしこの二つの改善は、システムが非常にデリケートなものであったため、あまり使われませんでした。次の世代では「1コマ半」に置き換えられました。これは50%大きいコマで、これによりブレスレットサイズを微調整することができました。
1980年代の終わり頃、ゲイ・フレール社が製造していたブレスレットno. 344は、no. 944に置き換えられます。これを製造したのは小さな時計製造の町ル・ロックルにあるヴェルタノールでした。カバーに代わりスライドするリンクを使った新しい開閉システムが導入されます。ブレスレットno. 944は前のものとサイズはほぼ同じでした。こうして多くの パーペチュアルカレンダー付ロイヤル オーク モデル、上記のモデル25654または25636、そして25686 (1989年)、 25687 (1989年)、25694 (1990年)54または25636、同様に25686 (1989年)、25687 (1989年)、そして25694 (1990年)などは順次ブレスレットno. 344、そしてno. 944を備えて行きました。
5402ダイヤルでAPモノグラムロゴが6時位置から12時位置に移ったように、変更は漸次行われ、数年をかけて移行したと思われます。その中で、いくつかのモデルは最初からブレスレットno. 944だけを限定的に使っていました。その例がロイヤル オーク “ジャンボ”ジュビレーモデル 14802 (1992年)です。後継モデルの15002 (1996年)、2000年以降の15202モデルと派生モデル15201(2011年)も同様です。
2012年、コレクションの40周年アニバーサリーの機会に、ブレスレットの新しい世代が現れました。15202はこの時からブレスレットno. 1240を使い、その後継モデル15205 (2015年)も同様です。ヴィルナーヴのマスポリが製造を担当したこのエルゴノミックなシステムは、ダブルフォールディングバックルで二つの内向きプッシャーで開閉します。2005年以降モデル15300に使われた(ブレスレット1220、ヴェルタノール)
ブレスレットno.34と944は簡単に差し替えができたので(手作業の調整は必要でしたが)、カスタマーサービス部門は時に大きく損傷したno. 344を944に置き換えることがありました。この作業は2020年からクラシックパーツプログラムにより管理されることになりました。できるだけオリジナルの344に近い形でブレスレットを修理するようになります。
多くのバリエーション、ブレスレットの繁栄
ロイヤル オークはオリジナルの形を保ちながらも進化を続けてきました。コレクションが拡大するにつれ素材、ジェムセットバージョン、特にサイズの変化などが組み合わされて行きます。1976年に新たに登場した29ミリに続き、35ミリが翌年に登場。1980年には26ミリと30ミリ、1983年に36ミリ、1984年に33ミリ、1997年に40ミリ、2012年に37ミリと41ミリ、2019年に38ミリ、2020年に34ミリが登場します。
これらのバリエーションにはその度に新しいブレスレットが作られました。1976年にすでにゲイ・フレール社のブレスレットno. 424 がレディースのスモールサイズに使われていました。29ミリの8638と6009、また30ミリの6008、6013、6020、6033、6035です。
ブレスレットno. 477(とその後継モデルno. 789) は10,000本以上を製造し、ロイヤル オークの歴史の中で最も多いブレスレットとなっています。1977年にすでに35ミリのタイムピースに使われていました:4100, 4120, 4153, 4275, 4331, 6023, 6036, 6037, 6038, 6039, 6040, 14486です。1983年からはロイヤル オーク36ミリに使われます:4332、5572、5581、5584、5658、5595、56123、56124、5594などです。1985年にはロイヤル オーク56255など33ミリのバリエーションにこのブレスレットが使われ、1990年代にはno. 789(ゲイ・フレール社製造、後にGTF)がこれに置き換わりました。サイズも開閉方法も前のものとほぼ同じです。ブレスレットno. 789も14700 のラインに使われました。14790 (36ミリ)を含み、小さな15000 (33 ミリ)、また25800 モデル(33ミリ)も同様です。ブレスレットno. 789ではミラーポリッシュのリンクを使っていました。これは一本のブレスレットで125以上のアングルを手作業で仕上げるデザイン的価値の高いものです。
このように細かく見てくると、オーデマ ピゲが様々なサイズのケース(33ミリ、35ミリ、36ミリに同じブレスレットを組み合わせてきたという、あまり知られていない驚くべき事実が明らかになります。なぜ、そしてどのようにこのような異なるサイズの部品を調整したのでしょうか?これはブレスレットの非常に複雑な構造により説明をすることができます。1980-1990年代の時計師たちは、ブレスレットの幅よりもケースラグのテーパーを調整する方が良いと思っていました。歴史家とコレクターたちには、これはケースの形状をブレスレットに合わせる(その逆ではなく)という驚くべき事実ということになります!
ゲイ・フレール社からGTF、そしてセントロールへ
1970年代の終わりから1980年代にかけてロイヤル オークの名声が高まるにつれて、オーデマ ピゲはブレスレットの供給を増やすことにしました。共同設立者の孫であるジャック=ルイ・オーデマはマジョーレ湖のイタリア側にある小さな町セスト・カレンデにあるメーカー、ラスコールのアトリエを訪ねました。1921年創立のラスコールは、創立者のピエトロ・フォンタナと息子のフェルナンドが経営していました。オーデマ ピゲと同じように先祖のノウハウを継承する家族経営のメーカーでした。フェルナンド・フォンタナは他にも自社メーカーをいくつか作り、そこでロイヤル オークのケース 8638 を1976年から製造していました。
1980年からラスコールはブレスレットno. 516を製造。これはミニチュアのロイヤル オークバージョン(26ミリ)向けでした。それに続きモデル6007、6010、6012、6019、6027などを製造。その後もっと小さなブレスレットno. 677と696 を33ミリのロイヤル オーク(モデル56143)向けに作りました。1985年からはジェムセットのバリエーションが増えます。モデル56199(33ミリ、ブレスレットno. 715はブリリアントカットダイヤモンドのフルパヴェ)、そしてブレスレットno. 593(サファイアとダイヤモンドセット)、さらにno. 726、727、821などが続きました。
1986年、ラスコールはGTFと社名変更しました。そして徐々にロイヤル オーク ブレスレットの主要サプライヤーとなります。クラシック バージョン(996、1105、1110、1111、1120、1185、1197、1205、1220、1424、1516)だけでなく、ラッカーリンク(725–727)、ポリッシュ(963、 1004)、ジェムセット(1007、1114、1115、1190、1208)、ミニチュア (1100)も製造するようになります。最初のロイヤル オークオフショアも手がけました。
ラスコールの製造が増えるのと平行してゲイ・フレール社での製造は徐々に減って行きました。ゲイ・フレール社では1980年代から1990年代にかけてロイヤル オークのブレスレットが少し (692、708、994、995)作られており、特にバゲットカット ジェムセット(861)が作られましたが、その後彼らの最大の顧客であったロレックスが1998年にこのメーカーを買い取りました。 オーデマ ピゲではそのほかに時々フランス語圏スイスのヴィドゥデというジュエラーに、ダイヤモンド、エメラルド、ルビーを組み合わせたハイジュエリーブレスレットの生産を発注していました(8054、8027、8081、8083、9031、9042)。しかし少しずつオーデマ ピゲの方でも社内にそのためのアトリエを整備し、ジュエリーウォッチ (8042、9179など)のブレスレットについては殆ど社内で作るようになりました。
2020年以降は、貴金属のロイヤル オークケースを製造した後、1991年にオーデマ ピゲの傘下に入ったジュネーブのセントロールが、徐々にゴールドブレスレットも製造するようになります。スティールのバリエーションのノウハウもマスターするようになりました。ただ大部分はまだヌワルモンのオロリュックスなどの専門メーカーが供給していました。
1990年代半ばにはトリプルブレードのバックルが最初のロイヤル オークオフショア、モデル25721のフィットを改善するために導入されました。このモデルは300本から500本がまだクラシックシステムを使っていたのです。このイノベーションは他のコレクションにも徐々に広がって行き、2000年に入る頃にはロイヤル オークには広く浸透していました。
スティールの6倍硬い - セラミック
同時にオーデマ ピゲは、ロイヤル オーク セラミック ブレスレットを導入します。2007年、オーデマ ピゲはバンゲルター ミクロテクニック社と提携します。ビエンヌとベルンの間のアーベルグという小さな町にあるこのスイスの家族経営のメーカーは、すでにセラミック製 ロイヤル オークのベゼルとケースを納入していました。それまで、このように複雑でスリム、デリケートなブレスレットはセラミックのような硬い素材で作ることはできないと思われていました。素材を比較するとセラミック(約1300ヴィッカース)はスティール(約200ヴィッカース)より6.5倍硬いことになります。ここで思い出してほしいのは、スティールが18Kゴールドより30%硬いだけであっても、スティールでブレスレットを製造することはすでにハードルの高い技術的チャレンジであったことです。この目標はそれでも2017年に達成されました。ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー26579CEで実現したのです。
2017年にはすぐにオープンワークバージョン26585CEが続きました。そしてホワイトセラミックの26579CB(スティールの約9.25倍硬い)。同様にトゥールビヨン26522CE、ダブルバランスホイール15416CE、トゥールビヨン クロノグラフ26343CEなど、他のコンプリケーションモデルが続きました。
最初のレザーストラップ
レザーストラップの役割は一見、それほど重要に見えないかもしれませんが、ロイヤル オークの歴史の中で実は非常に重要な役割を果たしてきました。最初の20年間、この八角形の有名なウォッチはメタルブレスレットだけを使っていました。業界の純粋主義的な人々はこの伝統を決して変えてはならないもの、聖なるものと考えていたようです。記録によると1978年、ロイヤル オーク クォーツウォッチは八角形のベゼルと機械式ムーブメントをやめて、テーパー付メタルブレスレットだけを維持しました。(下記記事を参照:反逆児から真のコレクションへ)。
1992年、ロイヤル オークは初めてレザーストラップを使いました。モデル14800は賛否が分かれたため、当時共同経営者だったスティーヴン・ウルカートとジョルジュ-アンリ・メイランは「ジュネーブ以外の」独立スイスデザイナー、ジョーグ・イゼックにデザインを頼んだのです。20種ほどの素材とダイヤルのバリエーションをもつユニークなロイヤル オークはオリジナルのデザインコードを保ちながらも自由に、ダイヤル、針、ラグをデザインしていました。ケースの斜面は中心がくり抜かれ、ラグのようなもので囲み、ストラップが可動ピボット軸のようなもので取り付けられているように見えました。注意深く見ると、ブレスレットはミドルケースの底部とネジ締めの長いプレートの間に挟まれていることがわかります。
この構造はその後いくつかのモデルに採用されました。ロイヤル オーク14890 (1994年頃)、14891、14916、66800(1990年代半ば)です。ロイヤル オーク オフショア のいくつかのモデルはこのデザインを採用し、ストラップをクラシックなバネ棒でさらに支えています。コンプリートカレンダー25808 (1996年頃)、モデル25807 (1996年頃)、25770 (1997年頃)、またアーノルド・シュワルツェネガーと提携したオーバーサイズモデル ("End of Days" 25770SN(1999年)、T3 25863(2003年)、"レガシー" 26378(2010年)などです。
ダブルスタッド式のレザーストラップ
2000年に入り、ドイツ市場の物流を担当していたディーク・ヴェッテンゲルがストラップの取付を見直すべきと提言し、スケッチを提案しました。ル・ブラッシュでは1999年にデザイナーのクロード・エンメネガーがジャクリーヌ・ディミエとエマニュエル・ギュエからデザイン部門を引き継いでいました。彼がドイツのエージェントのデザインをベースに開発した取付システムは、ロイヤル オークのオリジナルデザインにより忠実なものでしたが、より複雑でもありました。レザーをカットして、ストラップの一列目の二つのメタルスタッドをそこにはめ込み、全体を2本の長いネジで固定します。これにより前のバージョンのラグ(またはフェイクラグ)をなくすことができます。もっと重要なことはミドルケースを全く変更しなくて良いことで、レザーもメタルも使うことができます。この時から時計師は、レザーストラップとメタルブレスレットを相互に付け替えることができるようになりました。
この仕様は2001年に初めてロイヤル オーク オフショア25940SK(ラバーストラップとベゼル)で導入されました。翌年のロイヤル オーク シティ オブ セイルス 25979限定モデルはそのラバーストラップをコレクションのダブルスタッドのフレキシブルストラップと交換することが可能でした。2003年、オーデマ ピゲのニューヨーク ブティックのオープニングで、限定モデル26014を発表。これは初めてのブラック ロイヤル オーク(ブラックPVD加工)であると同時に、初めての2スタッド式レザーストラップを使ったモデルでした。フランソワ-アンリ・ベナミアスはこれにより、米国市場にさらに強いインパクトを与えました。彼が2012年にAPグループのCEOとなった時、レザーストラップはロイヤル オークコレクションのあちこちで使われていました。
2004年、ロイヤル オーククロノグラフ26022は、レザーストラップと交換性のある初の非限定モデルとなりました。その翌年、レザーストラップと交換性のないクラシックなモデル14790をロイヤル オーク15300に置き換えました。メタルブレスレットとレザーストラップの両方が付属し、その後継モデルの15400(2012年以降の派生モデル)と15500(2019年以降の派生モデル)もこのシステムを継承します。じきにほぼ全てのロイヤル オークのバリエーションはこのオプションで発売されるようになります。クロノグラフ(2006年からの26068、2011年からの26557、2012年からの26320と26128、2017年からの26331 、2021年からの26239など)。2006年には、デュアルタイム(26120) とダブルトゥールビヨン クロノグラフコンプリケーション(25977、そして2007年からの26116、2010年からの26377と26039 など)にレザーストラップが導入されました。2008年には パーペチュアルカレンダーモデル(26252)に導入されます。2010年にはイクエーション・オブ・タイム(26603)、ロイヤル オーク デイデイト(26330) 、新しいオープンワークのバリエーション15305もレザーストラップを採用しました。2012年にはグランド コンプリカシオン(25990、26065)もこのトレンドの仲間入りを果たしました。
現在のコレクションのモデルでは、レザーストラップがメタルブレスレットの代替となっています。一方、限定モデルでは時々、レザー(またはラバー)ストラップのみという場合もあります。ロイヤル オーク サチン テンダルカー クロノグラフ 26161OR(2008年)、QEII Cup 2009 (26277)、ロイヤル オーク タキシード15154 と77220(2010年)、レオナルド・ メッシモデル26325OL(2013年)、QEII Cup 2015シリーズ、モデル26327TIなどです。
結論
1972年、ロイヤル オークブレスレットno. 344はこれまで相対していた二つの世界を初めて結びつけました: ジュエリーのルーツに遡る歴史をもつ手作りのジュエリーブレスレット。そして防水のメンズウォッチ用としてロット生産していたスティールのスポーツブレスレット。
この一体型ブレスレットはロイヤル オークの最も代表的な特徴の一つです。幅広のテーパーリンク、徐々に小さくなるリンク。それらはケースと同様に丁寧にデザインされ作り込まれています。その開発と製造は非常に複雑であったため、1980-1990年代にはロイヤル オークのケースの方がブレスレットに合わせていたほどであり、その逆ではなかったこと。
12ほどのバリエーション、素材、サイズに展開されたブレスレットは時を経て自由に羽ばたき、1990年代からレザーも登場。2008年にはエンブロイダリーバージョン(67607)、そしてラバー、プラチナ、チタン、セラミックまで世界が広がっています。未来に目を向けるオーデマ ピゲは、2021年11月に単品のロイヤル オーク“ジャンボ”エクストラ シン タイムピースをオンリーウォッチ チャリティー オークションに出品しました。サンドブラスト仕上げのチタン(コマ)にポリッシュのバルクメタリックガラス(リンク)を組み合わせたものです。オーデマ ピゲで初めて使われたこの素材は、精密電子分野で使われている新しいパラディウムベースの合金で、他のガラスのように冷却が素早く、非結晶性で耐久力が高く、摩耗やサビに強いという特徴を持っています。このユニークピースはロイヤル オークの新世代ブレスレットの開発、製造技術とツールを鼓舞するものです。
2022年、ロイヤル オーク50周年アニバーサリーを記念し、オーデマ ピゲは新たなアイデアを具体化させます。メタルブレスレットのテーパーは幅だけに適用されていましたが、これを一列目のコマの厚みを減少させる形で適用しています。
編集チーム:オーデマ ピゲ ヘリテージ チーム
初版:2022年1月24日














































































































































