
ロイヤル オーク "ジャンボ"モデル
まとめ
"ジャンボ":象から飛行機、そしてウォッチ
"ジャンボ"と言う言葉は広く知られているのでインフォーマルなイメージがあります。この言葉は1823年に初めてロンドンのスラング辞書に現れ、「大きく粗雑な人物、動物、物」とされています。19世紀終わり頃にこの言葉は日常用語となり、"ジャンボ"の名は巨大な象のイメージと共に世界に広まって行きました。飛行機会社のボーイングが1969年に巨大な飛行機のボーイング747を作った時、大きな機体と身近な名前とが結びつき、すぐに"ジャンボジェット"と呼ばれるようになりました。
時計業界が初めて"ジャンボ"の名を記事の中に出したのは1970年です。「 Europastar magazine」では1974年の始めでした。小規模ながら個性的なブランドのAmida、Cattin、Ufo、Nice Time Watch Trading & Co、Ebohrなどは自社のビッグウォッチに好んでこの名前を使いました。メディアはまだこの名前を記事の中でロイヤル オークとかノーチラス(最も有名な"ジャンボ"ウォッチ)に使ってはいませんでした。当時はまだ内輪の愛称のようなものだったからです。
1990年代までのオーデマ ピゲのアーカイブに一度だけ出てきたのは、アジアの小さなディストリビューターのデスコが1973年にロイヤル オークを紹介した時です。その記事では"ジャンボサイズ"とは相撲の力士のための例外的なサイズで、ブレスレットは25センチの長さが必要とされていました。
21世紀の始めから"ジャンボ"という形容詞はかなり広まり、当時オーバーサイズと感じられたウォッチはどれもこのように呼ばれました。1940年代、36ミリのウォッチは21世紀から見た目は小さめであっても、当時は"ジャンボ"と呼ばれたのです。ロイヤル オーク"ジャンボ"についても同様で、1972年には39ミリは平均を超えるサイズでした。

時計のミニチュア化競争
時計のサイズをどう感じるかというのは主観的、個人的なもので、文化的な要素もあります。さらに技術的な要素にも左右されます。これまでサイズがどのように変遷してきたかを見てみましょう。
時計の歴史、より一般的にテクノロジーの歴史はミニチュア化という観点から捉えることもできます。例えば15世紀以降、時計塔というものがあり大きな時計が掲げられていました。メカニズムが徐々に小さくなり、クロックは城や宮殿の中にしつらえられるようになり、さらに貴族の館にも使われるようになりました。当初はメカニズムを駆動するための振り子が動く空間を確保するため、高い壁に取りつけられていました。その後少しずつ置時計のサイズに縮小されて行きます。16世紀からはネックレスやベルトに付けたり、ポケットに入れて使うことができるようになりました。
1920年代、30年代に腕時計が普及するに従い、機械式ムーブメントのミニチュア化が本格的になってきます。真鍮とスティールの部品は、タイムピースの信頼性を損なうことなしにそれ以上小さくすることができませんでした。一般的にはムーブメントを縮小すると、その累乗分だけ部品の精度が低下します。わずかな誤差もメカニズムにとっては致命的です。1927年、オーデマ ピゲは世界最小の機械式ムーブメントを開発しこの分野のリーダーとなりました。キャリバー5/7BFはわずか15.9ミリ x 5.8ミリです。
これ以上小さくできないところまで行くと、今度は逆の動きが起きてきました。10年、また10年と経つうちにサイズはだんだん大きくなってきたのです。1920年代にはメンズウォッチのサイズは、基本的には30ミリ以下でした。1930年代の後半になって32ミリ以上のウォッチが現れ、1950年には35ミリを超すウォッチが注目されるようになります。この傾向は自動巻きウォッチの開発に関係があります。自動巻きメカニズムはより大きなスペースを必要とすること、また社会経済的な面もありました。社会活動が活発化し旅行などの新たなライフスタイルが生まれて、ウォッチのエルゴノミーと読みやすい大きなダイヤルが求められるようになりました。

5402: キャリバー2121を搭載するため最初のロイヤル オークはオーバーサイズケースを必要とした
1970年代、メンズウォッチの平均サイズは 35~36ミリでした。一方ダイバーズなどスポーツウォッチではより大きなサイズを必要とし、トレンドにもなっていました。例えばロレックスの「デイトナ」 (37ミリ)、1969年のタグ・ホイヤーの「モナコ」(38ミリ)、 1970年のジャガールクルトの「ポラリス・メモボックス II」(41ミリ)などはほんの一部です。
39ミリのロイヤル オーク5402はオーデマ ピゲの初めてのロット生産ウォッチで、オーバーサイズのカテゴリーに入ります。ただし径が同じ他のウォッチに比べ、ケースはかなり薄いものでした(総厚約7.15ミリ)。とても薄いと同時に径が大きいことから、スポーツシックというスタイルが生まれたのです。キャリバー2121は当時、デイト表示を持つ世界で最も薄い自動巻きムーブメントでした(3.05ミリ)。
ジェラルド・ジェンタはロイヤル オークをもっと大きな径にしようとしたともいわれますが、彼の後の証言にはそう書かれてはいません。ムーブメントの径は28ミリと比較的大きく、複雑なケース構造と合わせてこのサイズとなりました。ベゼルのアクセントとなっている8個の六角形のビスは、モノコックケースとオーバーサイズのシールを同時にロックしていました。機械式ムーブメントを貫通させるわけには行きませんから、ビスはムーブメントの外側に位置していたのです。結果としてサイズは機能により決まったのです。




ロイヤル オークを縮小…
1970年代後半からロイヤル オークはコレクションとなりました。市場のニーズに応え、オーデマ ピゲはサイズを小さくしたバージョンを開発しました。1976年にジャクリーヌ・ディミエがデザインしたレディースモデル8638はぴったり29ミリです。1980年以降、30ミリのレディースモデルが続々と登場し(6008, 4587, 14470など)、さらに26ミリ(6010, 6012, 6007など)も続きました。このミニチュア化は1997年に限界に達します。20ミリのミニロイヤル オーク ファミリー(67075, 67076, 67287)が日本市場向けに製作されました。
メンズモデルも縮小して行きました。1977年発売のロイヤル オーク4100は35ミリで、新たなスタンダードとなります。6年間にわたり、新発売の機械式メンズモデル(4120, 4153, 4331)は全て35ミリでした。いくつかのクォーツモデルも同様です(6023, 6036, 6037など)。この状況は1983年から次第にシフトし、35ミリサイズは少数のレアモデルに限られるようになります(1987年の14544、1990年の14486, 14567, 14575, 14674)。そして新たな36ミリがスタンダードとして20年ほど続くことになります。
野生児といえども次第に円熟していきます。ロイヤル オークはもうオーバーサイズではなく、スティールの他にゴールド、さらにジェムセットバージョンも仲間入りします。そして1983年、キャリバー2125搭載のモデル4332は36ミリのロイヤル オークの到来を告げます。この年、コレクションにはカレンダー機能のついたモデルが加わりました(デイデイト:5572, 5581, 5584、ムーンフェイズ:5658, 5595)。これに続き「三針」モデル15598(1986年)、ロイヤル オーク14700(1990年)、2年後にその派生モデルの14701、14702、14704が続きました。1992年にはモデル14790が登場、これが10年ほどの間ロイヤル オーク コレクションの中核的存在となりました。
このような経過を見てくると、"ジャンボ"という名前がオリジナルモデル5402についている理由がわかります。このニックネームは1980年代から1990年代に定着したようです。最初のロイヤル オークの時代を考えて見ると、"ジャンボ"と加えることによって、市場の殆どを占めていた36ミリモデルとの違いをアピールすることができました。30年間、39ミリのロイヤル オークはパーペチュアルカレンダーモデルだけでした。搭載されていたキャリバー2120/2800が1972年のオリジナルモデルと同じムーブメントベースを使っていたからです。このように搭載するメカニズムによってウォッチの径が左右されることになります。

...そして再び拡大
1990年代の終わりにはトレンドは、制約から解き放たれた堂々としたオブジェへと向かっていました。車の世界では、1992年に発売されたハマー4WDがSUV (Sport Utility Vehicle) の時代への道を開いています。時計の世界ではテストステロン満載のロイヤル オーク オフショア25721が42ミリで登場し、1993年のオーバーサイズ時代を葬り去りました。それまでのウォッチの平均的サイズは35~36ミリでした。39ミリのロイヤル オーク5402がすでに"ジャンボ"と呼ばれているのなら、42ミリのウォッチは何と呼んだらよいのでしょうか?ジェラルド・ジェンタはこれをバーゼルフェアで初めて見た時、「ゾウアザラシ(sea elephant)」と皮肉を込めて呼びました。コレクターたちは「ビースト」と呼ぶことにしました。サプライズにより予想を上回る成功となり、ロイヤル オーク オフショアは時計市場に現れた大波となったのです。10年もしないうちに平均サイズは急上昇し、40ミリを超してついに50ミリまで現れました!
クラシックの ロイヤル オークはこのトレンドの一部でした。2005年、モデル14790に代わるフラグシップモデル15300コレクション(キャリバー3120、センターセコンド)が登場しました。その頃の平均サイズは39ミリでした。7年後、41ミリのモデル15400がそれを超えます。2019年、モデル15500(キャリバー4302)がこれを引き継ぎ、41ミリをキープします。2000年代に入ってからロイヤル オーク"ジャンボ"は、そのニックネームにもかかわらず、全くオーバーサイズではなくなっていました。ここでもう一度1990年代に戻ってみます。

ロイヤル オーク "ジャンボ"の復活
ロイヤル オークは最初の20年間(パーペチュアルカレンダーバージョンを除き)、39ミリのバージョンだけを維持し、その95%は1982年以前に販売されています。
1992年になってロイヤル オーク20周年を記念する"ジャンボ"バージョンが復活しました。それまでにロイヤル オークはすでに時計業界のアイコンとなり、オーデマ ピゲの重要なコレクションとして20ほどのモデルを多彩に展開していました。アニバーサリーはルーツを見直す最高の機会です。1,000本の限定モデル、ジュビレー14802はモデル5402へのトリビュートでした。1995年以降スティールで691本、イエローゴールドで286本、プラチナで20本が製造されました。
モデル14802は初のピンクダイヤルの他、ハンマー仕上げの「トスカーナブルー」ダイヤルがありましたが、これらの特別なダイヤルの製造枚数は記録に残っていません。さらにサファイアケースバックが採用され、キャリバー2121とアニバーサリーモチーフを彫ったゴールドのローターを見ることができるようになりました。もちろんケース番号も彫り込まれています。
キャリバー2120オープンワークのバリエーション
1992年から2000年にかけて、ウルトラシンキャリバー2120を搭載した"ジャンボ"モデルの少数シリーズがいくつか発売されました。デイト表示なしでほぼ全てがオープンワークであり、ジェムセットも多くありました。
これらのバリエーションの第一弾が1992年のロイヤル オーク14811です。この比類ないモデルは、新設されたオーデマ ピゲ財団を支援するためオークション販売されました。財団は環境保護と若者への啓発活動を通じて世界の森林の保護活動に努めています。このウォッチには象徴的なロイヤル オークの木がエングレービングされています。その後、この美しいオークの木のモチーフが少なくとも3つのモデルに使われました。115075(1995年頃)、及び12517と12530(2000年のアニバーサリー特別ピース)です。
ロイヤル オーク14789、14793、14814はオープンワークキャリバーを搭載、ジェムセットの針を採用。モデル14884と12518(125周年記念のユニークピース)は、高波を背景にした錨をロープで囲んだデザインのモチーフをアピールし、英国の戦艦「ロイヤル・オーク」にインスパイアされたネーミングの由来を象徴しています。
モデル 15002
アーカイブによると1991年には既に、ソリッドケースバックの非限定ロイヤル オーク"ジャンボ"を当時のコレクションに再投入するための図面が準備されています。しかし、当時オーデマ ピゲの共同ディレクターであったスティーブ・ウルカートとジョルジュ=アンリ・メイランは、モデル14802 の1,000本 が全て売り切れるまでその計画を保留することを決めました。20年前には最初のロイヤル オーク1,000本を売り切るのに2年かからなかったのですが、今回は結局4年かかりました。
1996年、オーデマ ピゲにはキャリバー2121の未完成品の在庫が350個ありました。これらを完成させケーシングしなければなりません。モデル15002は結局1996年に発売されました。モデルは一応限定と言えるでしょう。その年の販売予定14,000本のうち、ロイヤル オーク"ジャンボ"は100本だけでしたから!その後もこの少量生産が続きます。3年でスティールバージョンが174本、イエローゴールドが12本でした。
デザインと技術的観点からいうと、モデル15002は1972年の5402に最も近いものでした。互いに部品の交換性があったほどです。外観の構造は殆ど変わっていません。モノコック ケースとソリッドケースバック、タペストリー ダイヤル、テーパーをつけたブレスレット、そしてオーバーサイズシールです。ただしベゼルの面取りの角度は45度に変更されました。モデル5402 と14802、そしてその後の15202では40度です。そして12時位置のモノグラムAPロゴとAUDEMARS PIGUETのシグネチャーロゴが、1972年当時よりやや大きくなりました。オリジナルを尊重するにしても、全く同じままではやはり限界があります。21世紀の感性にマッチするよう、ロイヤル オーク"ジャンボ"のデザインは手直しする必要がありました。それを実現したのがこのモデル15202です。




ロイヤル オーク15202の誕生
1999年6月6日、オーデマ ピゲ製造委員会は、モデル15002の製造が続けられないという懸念を発表しました。それに対して製造を再開すべきだという意見もありました。186本のウォッチが売れたにもかかわらず、キャリバー2121の未完成品350個の在庫は3年たっても減りません。一方でジャガールクルトへの発注が少量であるため、ル・サンティエのマニュファクチュール、ジャガールクルトはこのキャリバーの製造を停止しようとしているという噂が流れたのです。この希少なヘリテージを救うため、オーデマ ピゲは二つの可能性を考えました。一つは中期的な方法で、この製造を自社製造すること(キャリバー2120の物語を参照)。もう一つは短期的な方法で、1972年以来キャリバー2121を搭載している筆頭モデル、ロイヤル オーク"ジャンボ"を復活させることです。2週間後、委員会は決定を下しました。15002を新リファレンスのロイヤル オーク15202に置き換えるということです。コレクションのデザインを進化させると同時に、新たな目標を定めました。2000年の製造予定数は300本、うち250本をスティール、50本をイエローゴールドとしました。
ロイヤル オーク15202は2000年3月30日、SIHH(国際高級時計サロン)で発表されました。オリジナルモデル5402のデザインコードを、14802や15002より自由に解釈しています。ロイヤル オーク"ジャンボ"ではスティールとイエローゴールドの両方のバージョンに、初めてシルバーカラーのダイヤルを採用。15202STバージョンにはまた「ダークブルー」と「コスモスブルー」もあります。2006年にピンクゴールド(OR)バージョンが加えられます。ダイヤルはシルバーカラーです。さらにこれらのダイヤルは全て、グランドタペストリー ギヨシェパターン仕上げでした。モノコックケースは同じサイズでしたが、防水性が50 mまでアップしています。またサファイアケースバックが採用され、美しいメカニズムを見ることができるようになりました。
ロイヤル オーク 15202は着実に前進を始めます。同時に"ジャンボ"の限定モデルが多く作られました。2003年にはイタリア市場向けにロイヤル オーク15128、2011年にパイオニアウォッチ コレクターのウェブサイトThe Puristの10周年を記念した15201エディション、そして2015年の香港アワーグラス ブティック向けの15205モデルなどです。

これまでにない成功
2012年のロイヤル オーク40周年記念に発表されたモデル15202は時計業界にセンセーションを巻き起こします。マーチン K.ウェーリとハインツ・ハイマン共著のアニバーサリーブックが発行され、大きな回顧展が世界各地を回りました。
特に強調されたのが、15202OR(ピンクゴールド)とST(ステンレススティール)が1972年のAシリーズに忠実なダイヤルを使っていることです。6時位置にAPモノグラム、プチタペストリー のモチーフ、ナイトブルー、クラウド50カラーのダイヤルです。モダンなオープンワークのバリエーションで、ピュアなライン、ブラック加工のブリッジが際立ちます。モデル15203は当初プラチナの40本限定でしたが、後にピンクゴールドバージョンが続きました。イエローゴールドのロイヤル オーク15202は一時中断しましたが、2017年にブルー&ゴールドカラーのプチタペストリー ダイヤルで復活しました。15202グランドタペストリーバージョンは、2014年にカタログから去りました。ここで重要なことは、15202がコレクションの中で唯一の39ミリモデルとなった(バリエーションの15205と共に)ことです。ロイヤル オーク15300(39ミリ、キャリバー3120)は2012年に15400(41ミリ)に置き換えられたし、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーも2015年に41ミリ(キャリバー5134)になっていました。
数十年間ひっそりと生き続けてきたロイヤル オーク"ジャンボ"ですが、伝統とモダンを結びつけて新たな人気を獲得したのです。需要はうなぎ登りに上昇しました。これに応えるためアトリエを拡大し、ウルトラシンキャリバー2121を扱う時計師を養成しました。このキャリバーは2000年代に自社で開発したものです。製造の拡大に対して賢明な取り組みが行われました。年産12本程度だったものが、オーデマ ピゲは2010年半から1,000本以上のタイムピースを納入できる体制を作りました。同時に昔のロイヤル オーク"ジャンボ"の市場は急速に成長し、熱気をもって推移していました。
2018年には、1970年代からストップしていたバイメタルのバリエーションが復活します。今回のロイヤル オーク15202IPでは、チタンとプラチナを組み合わせ、スモークブルーのグラデーションダイヤルをアピールしています。3年後の2021年にはプラチナがカムバックし(モデル14802の20本の後)、なめらかなスモークグリーンのサンバーストダイヤルを組み合わせています。その年の4月に2012年からオーデマ ピゲのトップに立っていたフランソワ-アンリ・ベナミアスが、モデル15202の終了を発表しました。最後のバージョンがオンリーウォッチのチャリティオークションのために作られました。ビーズブラスト仕上げのチタンケース、そしてポリッシュベゼルのメタルガラスは、APが初めて採用したパラディウム合金でした。2021年11月6日、このロイヤル オーク"ジャンボ"はオークションで3 100 000スイスフランで落札されました。

モデル 16202
オーデマ ピゲはアイコンの50周年を記念して7種の新キャリバーをコレクションに投入し、多くのモデルのデザインを進化させました。72のリファレンスはすべて、「50周年記念」ローターを採用します。コレクションではモデル15202が、新しいロイヤル オーク"ジャンボ"のリファレンスで置き換えられました。
モデル16202はオリジナルの5402のデザインコードを忠実に再現しています。大きな変更は内部にあります。伝説のキャリバー2121がキャリバー7121に置き換えられました。前より少し大きめ(28ミリに対し29.6ミリ)ですが、厚みはオリジナルと同じ3.2ミリです。オーデマ ピゲのエンジニアと時計師たちにより開発・製造されたこれらのモデルは、最新の技術を駆使し優れた性能を発揮します。例えば香箱は同じボリュームですが、ほぼ3倍のエネルギーを蓄えることができます。従ってテンプの振動数を上げることが可能となりました(以前の19,800振動/時に対し、28,800振動/時)。これにより信頼性と精度が向上し、パワーリザーブも向上しました(以前の40時間に対し約55時間)。それに加え、クイックデイト修正システムが導入されています。
2022年、モデル16202にはスティール、ピンクゴールド、イエローゴールド、プラチナの4つのバージョンがあります。 ステンレススティールのバージョンはオリジナルデザインにできるだけ近くし、ナイトブルー、クラウド50のカラーのプチタペストリーのダイヤルを採用。ピンクとイエローゴールドのバージョンはそれぞれグレーまたはイエローゴールドカラーのスモーキーなプチタペストリーダイヤルを組み合わせています。プラチナバージョンでは深いスモークグリーンのサンバーストダイヤル、これはジュウ渓谷のトウヒの木を象徴しています。
それに加え、スティールとピンクゴールドの2つのバージョン(モデル16204)には最新のオープンワークメカニズムが搭載。厚さわずか2.7ミリ、デイト表示なしのキャリバー7124です。
コレクターたちは、すべての39ミリの極薄の ロイヤル オーク ウォッチを""ジャンボ""と呼ぶことにしました。この中には、1984年から2015年の間に設計されたキャリバー2120/2800を搭載したパーペチュアルカレンダーのバリエーションも含まれます。2022年以降、26670自動巻きフライング トゥールビヨンモデルを加えることができます。キャリバー2968の厚みはわずか3.4ミリです!

ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲの"ジャンボ"ショーケース
2020年6月30日からル・ブラッシュにあるミュゼ アトリエ オーデマ ピゲでは、ロイヤル オーク"ジャンボ"へのトリビュートとして、同モデルの9種のバリエーションが展示されるフルショーケースが設けられています。50年の歴史を語るこれらのタイムピースの中心には、モデル5402のA26シリーズの1本が輝きます。
編集委員会:オーデマ ピゲ ヘリテージ チーム、ル・ブラッシュ
初版:2022年1月24日





































































































