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ロイヤル オークの品番システム

はじめに
1972年、それまで1世紀近く使われてきたオーデマ ピゲ ウォッチの品番システムは、ロイヤル オークの登場により新たなものに生まれ変わりました。限定モデル番号のようなロイヤル オークの「スモールナンバー」は最終顧客のために、ウォッチの独創性と希少性を伝えることを意図していました。モデル5402STのA、B、C、Dシリーズは1976年にアルファベット文字のないコードとなり、2010年代まで続きました。

ロイヤル オークは1972年の発売時、初めてナンバリング構造を導入しました。顧客がタイムピースの希少性を知ることができるようにという意味がありました。その時までオーデマ ピゲのウォッチにつけられていた番号は主に時計師たちの用途のためでした。キャリバーに彫られた「ムーブメント番号」、そしてケースバックに彫られた「ビッグケース ナンバー」です。 ロイヤル オーク5402は、オーデマ ピゲで初めて1,000本まで製造されたウォッチです。希少性を明らかにするため、1から始まる続き番号が使われました。「スモールケース ナンバー」または「ロイヤル オーク ナンバー」は限定の総数が示されない限定モデルのようなものでした。アルファベットのAを始めにつけることにより、オーデマ ピゲはその後にBやCのシリーズを作る可能性を残していました。ロイヤル オークが成功し製造数が伸びた時、まさにその通りになりました。こうして1972年から1993年までの間、モデル5402STは「Aシリーズ」で1937本、「Bシリーズ」で845本、「Cシリーズ」で952本、「Dシリーズ」で404本が製造されたのです。 1976年、ロイヤル オーク レディースモデル(8638)が登場した時、システムを簡素化するためアルファベット文字をなくしました。そしてわずかの例外を除き、全てのモデルに1から始まる続き番号をつけました。システムの最終的な変更は2010年代で、この時にはナンバリング構造が完全に見直されます。「スモール ロイヤル オーク ナンバー」がなくなり、「ムーブメント番号」と「ビッグケース ナンバー」がアルファベットを含む文字列となり、しかも偽造対策としてコンピュータが弾き出すランダムな文字列となったのです。

まとめ

1

長く続く番号システム

19世紀からオーデマ ピゲのウォッチは一つ、または複数の個別番号がムーブメントとケースに注意深くエングレービングされ、製造登記簿に手書きで記載されていました。その主な目的は、長期にわたり個々のウォッチの真贋性を保証しオリジナルの状態に修復することを可能にすることでした。機械式ウォッチは数十年、数百年にわたって機能するよう設計された数少ない技術的オブジェの一つです。

この記事では1875年からのオーデマ ピゲの品番システムの歴史をご紹介します。ロイヤル オークがこのシステムにどのように貢献したかを知るため、まず1970年代の状況を見てみましょう。

- 一つ一つのムーブメントには個別番号が彫り込まれ、これは「ムーブメント番号」と呼ばれていました。これは19世紀からの続き番号で、1970年にはおよそ115,000に達していました。ケースを開けて番号が彫られているメカニズムを見ないとわからないため、これにアクセスすることができるのは時計師だけでした。

- それぞれのウォッチケースにも個別の番号がエングレービングされていました。通常はケースバック側の見える位置です。1951年以降、1から始まったこの続き番号「ビッグケースナンバー」は、1970年にはおよそ60,000に達していました。1975年に100,000に達したあと、シリーズはB1から始まり、B99999(1986年頃)に至り、また C1から始まってC99999までという具合に続きました。

さらに1951年からそれぞれのウォッチはモデル番号(またはモデルリファレンス)を持ち、そのメカニズムはキャリバー番号(ムーブメント番号)を持っていました。これらの番号は時計師やリテイラー(販売店)のためにつけていたもので、ウォッチの所有者は見ることがありませんでした。これらの番号はアーカイブ、登記簿と比較をしてみて初めてその意味するところがわかります。

1890年:ダブルコンプリケーション ポケットウォッチのクローズアップ ムーブメント番号をスプリットセコンドブリッジにゴールドでエングレービング。スプリットセコンド歯車の非常に薄い歯とハイレベルの仕上げが注目される。ネジ留めのスタッド、ポリッシュ仕上げ、スティール部品の面取り、幅広の「コート・ド・ジュネーブ」モチーフ、ニッケルなど。オーデマ ピゲ ヘリテージ inv.25。

1928年:コンプリートカレンダー ウォッチと製造記録 製造記録に見えるように、このコンプリートカレンダー ウォッチはムーブメントとケースno.3457、キャリバー10GHSMを搭載。 ""グリーンゴールド""ケース、 ""ブルーブレゲ""針の記載がある。14KゴールドダイヤルにÀ L'ÉMERAUDE LAUSANNEと記されている。プレモデル180。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.159。

ダブルコンプリケーション ポケットウォッチno.3824と製造記録 19世紀、キャリバー番号を設置する前は一つ一つのムーブメントに違いがあったため、メカニズムの主要な特徴を記すことでグループ分けをしていた。直径(18リンニュ、または40.6ミリ)、機能(ミニッツリピーター、クロノグラフ)、素材(ここでニッケルとはニッケルシルバー)が記されている。このウォッチは一世紀後、1890年にオーデマ ピゲ ヘリテージ コレクションに入った(inv.25)。

2

所有者のためのスモールナンバー

1972年、最初のロイヤル オークが発売された時、この新しいタイムピースの価値はどのように評価されるかが問われました。当初の予定では同じモデルが1000本製造されることになっていました。このような「ラージスケール」製造はそれまでル・ブラッシュではなかったことです。オーデマ ピゲの顧客たちにとっても、単品モデルか多くても1ダースほどのロットがあたり前の時代でした。では1,000本もの同じモデルを生産して、どうやって希少性を保つことができるのか。それはロイヤル オークが従来は安価とされていたスティールでできていながら、ケースはゴールドと同じ価値を持つほど非常に複雑な構造だったからです。ここで知っておきたいのは当時、他のブランドのスティールウォッチであるオイスターやシーマスター、スピードマスターなどは、1万本以上のロットを製造し、価格はロイヤルオークの1/4から1/5程度でした。

当時、経営にあたっていたジョルジュ・ゴレイはシンプルな良いアイデアを思いつきました。彼の提案は 「ビッグケースナンバー」(上記を参照)をウォッチの内側に移動させ(時計師のためのデータ)、その場所つまりロイヤル オーク5402のケースバックに、1から始まる続き番号を大きな数字でエングレービングしました。この番号によりウォッチ所有者は、そのタイムピースが単品か限定モデルかを知ることができるようになります。これが「スモールナンバー」または「ロイヤル オーク ナンバー」としても知られる番号の誕生です。

1973年:ロイヤル オークのパンフレット(抜粋) 1973年のロイヤル オークの宣伝リーフレットでは新しい番号システムのメリットについて説明している。オーデマ ピゲ アーカイブ。

ロイヤル オークモデル5402の記録 この綴じ帳簿にはロイヤル オーク5402のスティール、貴金属バージョンの内容が記されている。1972年以降、スモールナンバー、ビッグナンバー、ムーブメント番号の全てをまとめている。オーデマ ピゲ アーカイブ。

3

限定モデル…だが限定されない

1990年以降、限定モデルが時計市場で人気を得るようになりました。あまりバリエーションを増やさないモデルを選び、まずロット数を決めます(例えば5本、25本、500本など)。そして市場には発表した数しか出しません。ウォッチにエングレービングされた数字は多くの場合、限定数で、X/5、XX/25、XXX/500などと記されます。

ただし1972年のロイヤル オークではこの原則をあまり厳しく守っていません。1972年のバーゼルフェアのプレスリリースでこう述べられています:「そして最高の洗練は、一つ一つのロイヤル オーク限定シリーズに番号が彫られていること」。この文章は意味をぎりぎりのところでうまく遊ばせたマスターピースのようなものです。まず、希少性と価値を特別な番号で「一つ一つのタイムピースに」彫りこむことで表し、数量は限定されるとしています。しかしもう一方で、限定数量を具体的に示していません。さらに幾つかの限定モデルが製造される可能性があるともしています。

もしオーデマ ピゲが1972年に、1,000本のみの限定モデルを製造する(と当初は予想されていた)と発表したとしたら、ロイヤル オークは時計業界でその存在を確立することができたでしょうか?スティールという素材の新しい概念を広めるための時間が十分にあったでしょうか?コレクションにまでまとめることができたでしょうか?

誰もロイヤル オークが成功するか失敗するか予測することはできませんでした。しかし優れた経験をもつジョルジュ・ゴレイが、うまく行った場合の切り札を袖口に隠し持っていたことは確かです。最初のロイヤル オークの「スモールナンバー」をアルファベットのAから始めることで、B 、Cのシリーズを加える可能性を用意していたのです。

4

5402STのA、B、C、Dシリーズと特別バリエーション

その価格、素材、オーバーサイズのケースにもかかわらず、最初のロイヤル オークは予想以上の成功を収めました。用意した1,000本は一年ちょっとでほぼ売り切れたので、ジョルジュ・ゴレイは2,000本まで製造を続行することにしました。ラージケースナンバー、ムーブメントナンバーと同様(別記事を参照)ここでも使われない番号がありました。最終的にAシリーズでは、1,937番目のロイヤル オークまでが1972年から1989年の間に販売されました。

1974年の終わりにはロイヤル オークの将来をどうするか考える必要がありました。この「反逆児」をどう扱うべきか?結論が出る前に、さらに129本のロイヤル オーク5402STが製造され、販売されました。この時は「スモールナンバー」なしで、その90% は1975年の1月から9月までの間に販売されています。同時にオーデマ ピゲはBシリーズを導入することを決め、ナンバーはB1000からB2000とされました。なぜ1から1,000までとしなかったのか、その理由はデータに残っていませんが、おそらくジョルジュ・ゴレイは1,000以下の数字はAシリーズだけのものにしておきたかったのではないかと思われます。1975年3月21日、Bシリーズの初のタイムピース、No. B1044がル・ブラッシュから出荷され、太平洋の小さな島、グアムに向けて送られましたBシリーズのトータル845本は、1975年から1993年の間に販売されました。

1976年12月1日、Cシリーズの最初のロイヤル オークがアトリエから出荷され、さらに952本が続き、C1000からC2000までが1987年までに販売されました。そしてDシリーズが始まり、404本が1977年から1989年までに販売されます。最後のバリエーションは希少なものです。1988年から1999年までの間、わずか21本の ロイヤール オーク 5402STに「スモールナンバー」がつけられ(5402SAは続きますがアルファベットはなし)、最初のスティール製ロイヤル オークのナンバリングの歴史の最後のページを飾りました。

1972~1994年:ロイヤル オーク5402の販売
このリストは1972年の発売当時からのロイヤル オークの人気を示している。1974年の終わり頃、ロイヤル オークのスモールナンバーがない時期があったが、その後1975年にBシリーズ、そしてすぐにCとDシリーズが続いた。

 

-

5402ST

A シリーズ

5402ST


スモールナンバーなし

5402ST

B シリーズ

5402ST

C シリーズ

5402ST

D シリーズ

5402ST

レターなし

スティール合計 5402SA 5402BA 5402BC ゴールド合計

総額:

5402

総額: 1937 129 845 952 404 21 4288 876 736 150 1762 6050
1972 490           490     1 1 491
1973 543           543         543
1974 614 2         616         616
1975 243 120 228       591         591
1976 7   569 10     586         586
1977 13 5 23 459     500 92 95 1 188 688
1978 4   3 234 1   242 299 231 50 580 822
1979 6   7 223 15   251 180 122 45 347 598
1980 10   7 15 129   161 92 135 37 264 425
1981 2   4 5 87   98 126 51 5 182 280
1982 2     4 70   76 39 22 3 64 140
1983 1       53   54 9 19 2 30 84
1984 1     1 20   22 6 23   29 51
1985         10   10 6 9 2 17 27
1986     1   6   7 6 13   19 26
1987     1 1 5   7 10 3   13 20
1988         7 5 12 2 8 2 12 24
1989 1 1     1 10 13 4 3 1 8 21
1990           6 6 3 2   5 11
1991                   1 1 1
1992     1       1         1
1993     1       1 1     1 2
1994   1         1         1
2002               1     1 1
5

スモールナンバーでモデル5402の製造時期がわかる?

コレクターやオークションハウス、または興味のある方々にとって、「スモールナンバー」から販売時期を定めることができるかという疑問が残ります。残念ながら、ムーブメントナンバーやラージケースナンバーと同様、「スモールケースナンバー」はウォッチが市場に出た時期を正確に定めることはできません。数字の順番により市場に出された訳ではないからです。例えばロイヤル オーク5402ST A859 は、A860の2年後に販売されています。

それでも登記簿の研究によると、わずかの例外を除き、多くのウォッチではスモールナンバーは期間を定める手がかりにはなります(表を参照)。

1972~1986年:ロイヤル オーク5402のスモールナンバーによる販売時期の推測
ロイヤル オーク5402の裏側に刻まれたスモールナンバーにより、発売時期を推測することができる。ただしより正確な情報は、オーデマ ピゲ ヘリテージ部門が行う詳細な鑑定により明らかになる。

モデル スモールナンバー から へ、およそ
5402ST A1 - A500 1972 1973
  A500- A1000 1972 1974
  A1000- A1500 1973 1975
  A1500- A2000 1974 1976
  ナンバーなし 1974 1976
  B1000- B1500 1975 1977
  B1500- B2000 1975 1977
  C1000- C1500 1976 1978
  C1500- C2000 1978 1980
  D1000- D1500 1979 1985
5402BA 1-500 1977 1980
  500-1000 1980 1986
5402SA 1- 500 1977 1980
  500- 1000 1979 1983
5402BC 1- 150 1977 1981
6

人気のある番号とそのマッチング

番号は象徴的な意味あいをもつことがあります。スモールナンバーがケースの外側に記されることになった1900年代以降、多くの顧客から誕生日、会社設立など自らの人生の出来事の年につながる番号の彫られたウォッチを入手したいという要望が出ました。

このような噂があります:最初のロイヤル オーク 5402ST については、イタリアのエージェント、カルロ・デ・マルキに偶数の番号が、スイスのエージェント、シャルル・ボーティには奇数の番号がふり分けられたというものです。アーカイブによるとこれは事実ですが、必ずそうしたわけでもなく、どちらにしてもA100以降はありません。

ロイヤル オーク5401ST No. A1にはいくつかの伝説があります。これはエマニュエル・オブ・サヴォワに納品されたという人もいますが、アーカイブによるとフラドコフと記載されており、おそらくハリー・ウィンストンのセルジュ・フラドコフという人物であろうと思われます。イラン国王に関してのアーカイブによると、彼は最初のホワイトゴールドのロイヤル オークを入手し、その番号は101であったことが記録に残っています。

コレクターたちの中には、ラージケースナンバーの下3桁はA、B、Cシリーズの多くで、スモールナンバーと同じであることに気がついた人々がいます。登記簿を調べると確かにその通りです。

1977年:ロイヤル オーク8638BA, no.1、ケースバック側 キャリバー2062、ムーブメント176166。ブレスレット 424。T21 タペストリーダイヤル。ケース B14001、29ミリ、18Kイエローゴールド。1977年5月4日、ダーカル(スイス市場)に販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1873。

1972年:ロイヤル オークの初のリーフレット 白黒のトーンがウォッチの美しさを引き立てる。詳しいテキストは配給会社向けのもの。オーデマ ピゲ アーカイブ。

7

文字列システムの終了

1976年、オーデマ ピゲが最初のレディース ロイヤル オーク、モデル8638を導入した時、品番システムの問題が再び浮上しました。モデル5402STに使われた品番システムは当初の目的は達したものの、限界も見え始めていました。Bシリーズをなぜ1,000から始めるのか?Dシリーズはなぜ500本だけなのか?どの文字に達するまでシステムは意味があるのか?さらにラージナンバーのBとスモールナンバーのBの混乱(下記を参照)もありました。

システムを簡素化するため、アルファベットはなくしました。それ以降、全ての新しいロイヤル オークモデルには1から始まるスモールナンバーをつけ、それぞれの素材ごとに製造が続く限り続き番号を使いました。例えば1977年のモデル4100は3つの番号を持っていました。スティール用、ゴールド用、バイカラー用です。

1977年にオーデマ ピゲがゴールドのバリエーションを加えることを決めた時も新しいシステムが適用されました。1977年6月8日、スモールナンバー4、そしてラージナンバーB12753のついた最初のイエローゴールド 5402BAが日本に輸出されました。BAのバリエーションは1977年から1990年の間に736本が販売され、ナンバーは1から745まででした。スティールとゴールドの5402SAのバリエーションは876本(1から951まで)製造されました。より希少なホワイトゴールドのバージョンは1から150まで、珍しくシリーズの全ての番号を使いました。

1972~1993年:ロイヤル オーク5402のゴールドとバイカラーバージョンの販売
1977年前にはゴールドのロイヤル オークが1本のみ、イラン国王に販売された。5402イエローゴールド(BA)、バイカラー(SA スティールとイエローゴールド)、ホワイトゴールド(BC) のバージョンがほぼ同時に市場に導入された。1980年代には製造が減り、より小さいサイズのモデルが増えてきたことと時期が一致する。8638 (29ミリ)、4100 (35ミリ)、4332 (36ミリ)

- 5402BA 5402SA 5402BC 総額:
1972     1 1
1977 95 92 1 188
1978 231 299 50 580
1979 122 180 45 347
1980 135 92 37 264
1981 51 126 5 182
1982 22 39 3 64
1983 19 9 2 30
1984 23 6   29
1985 9 6 2 17
1986 13 6   19
1987 3 10   13
1988 8 2 2 12
1989 3 4 1 8
1990 2 3   5
1991     1 1
1993   1   1
総額: 736 875 150 1761

 

8

Bシリーズのファンはご注目

Bから始まるラージナンバーをもつ初期のケースは1976~1977年に導入されました。これはロイヤル オークの最初のBシリーズとほぼ同時期です。登記簿にも見えるこの偶然はコレクターたちの間にも混乱を引き起こしました。両方とも「Bシリーズ」となっているからです。これを解明して行きましょう。

モデル5402STのBシリーズといえば、私たちはロイヤル オークの刻印の下にスモールナンバー(ロイヤル オーク記載の下)が刻まれ、B1000とB2000の間に位置するスチール製のオリジナル ロイヤル オークを想定します。Bで始まるラージケースナンバー(内側にある)を、Bシリーズモデルと考えることは間違いです。例えばオーデマ ピゲ ヘリテージ コレクションに属するモデル5402STは、スモールナンバーC1709となっています。1979年に販売されラージケースナンバーはB3709ですが、Cシリーズに属しています。

これによりイエローゴールドモデルのコレクターたちに混乱が生じました。5402BAウォッチの殆どはBから始まるラージケースナンバーを持っています。しかし厳密に言えば、ミュージアムやコレクターたちの世界で認められている基準では、これらはBシリーズのウォッチではないのです。貴金属素材のバリエーションのスモールナンバーには、実際、アルファベットがついていることはありません。1977年6月に販売されたロイヤル オーク 5402BA No. 27の例を見てみましょう。ケースのエングレービング(内側)はB14661であるにもかかわらず、これはBシリーズのモデルではありません。5402BA No. 27となっているのは、スモールナンバーのアルファベットが最初のゴールドモデル5402ができる前に廃止されたからです。

9

システムの変遷

1972年に生まれたスモールケースナンバー(またはスモール ロイヤル オーク ナンバー)は、新モデルの価値をアピールすることに貢献しました。製造が増え、数百または数千の同じウォッチが作られるようになった状況に対処したのです。限定モデル番号のようなものでしたが、数字のリミットはありません。もちろんオーデマ ピゲのウォッチは基本的にそれほど大きな数量にはならないことを前提にしています。1990年代以降はシリーズの全体数も加える限定モデル番号の役割もありました。(例えば75本限定だとXX/75)

1976年に、文字列システム(5402STに使用)をやめてシンプルな品番システムが採用されました。ロイヤル オークコレクションが生まれた時は良いシステムでしたが、この品番システムは1980年代になりロイヤル オークのバリエーションがどんどん増えると対応ができなくなってしまいました。ケースを開けてラージナンバーをチェックしないとウォッチを識別することができなくなったため、システムの再考が余儀なくされました。1990年頃、ラージケースナンバーはウォッチケースの外側に戻り、スモールナンバーの横に記されるようになります。オープンケースバックが登場するようになり、外側のスモールナンバーはケースバックのトップに移りました。

コレクターの皆様にとっては興味深い点の一つかもしれません。スモールケースナンバーは、同じモデルでも違う素材の場合は1から始まるという例外がありました。また、少数のジェムセットのロイヤル オーク シリーズを、数百本作ったコアコレクションモデルのバリエーションとして作った場合、そのオリジナルのコアシリーズの番号を使うことが多くありました。その結果として、スモールロイヤル オークナンバーをもつタイムピースの中には、モデルのトータル製造数を超える番号を持つものがあります。例えばモデル5402BAは736本が製造され、そのケースはジェムセットロイヤル オーク4187BAに使われたというような場合です。いくつかの4187BA のケースには420、519、さらには637のエングレービングがあります。しかしこのジェムセットバリエーションは、オーデマ ピゲのアーカイブには9本しか記録されていません。もう一つの例は、ジェムセット25595BC ロイヤル オーク デイデイト ムーンフェイズです。製造された2つのモデルにはそれぞれ22と26の番号が彫られています。他のジェムセットなしのバリエーションでも同じようなことが見受けられます。例えば、マニュファクチュールは5402ST のケースを最初の5554 ロイヤル オークの50本に使い、番号はD1449からとなっています。これらのケースはパーペチュアルカレンダーキャリバー2120/2800を搭載するために適応させたものです。

2010年の後半になると、システムの全体的な見直しが行われました。スモールロイヤル オークナンバーはなくなり、ムーブメント番号とラージケースナンバーがランダムに選ばれ、アルファベットも加えました。このシステムは品番から製造数の意味あいをなくすことによって、偽造品やコピーのリスクを減らす事を目的としたシステムです。真贋性にかかわる情報にアクセスするには複雑なコンピュータプログラムを通すことが必要とされ、これにより手書きの登記簿は二次的で象徴的な存在にとどめ、オーデマ ピゲの歴史に新たなページを開いたのです。

 

編集チーム:オーデマ ピゲ ヘリテージ チーム

初版:2022年1月24日

 

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