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オーデマ ピゲウォッチのナンバリング構造

はじめに
オーデマ ピゲ ウォッチには2つの番号がエングレービングされています:一つはムーブメントに、もう一つはケースに彫られています。これらの番号をアーカイブで確認することにより、ル・ブラッシュのクラフツマンたちはウォッチの製造時期を知るだけでなく、その真贋性を確かめ、必要であればオリジナルの状態に修復することができます。この記事では19世紀からのオーデマ ピゲのナンバリングについていくつかのポイントをご紹介します。これはロイヤル オーク ウォッチのナンバリング構造という別の記事の内容を補完するものとなります。

オーデマ ピゲ ウォッチのナンバリング オートオルロジュリーのウォッチは数十年、時には数百年続く数少ないオブジェのひとつです。ウォッチを作る側からすると、ナンバリングはウォッチを認識し、真贋性を保証し、必要であればオリジナルの状態に復元するために必要な最初の情報です。オーデマ ピゲではこれらの希少な番号(ムーブメント番号とケース番号)は製造登記簿(エタブリサージュ登記簿)の中に手書きで記載されており、最も古いものは1882年にさかのぼります。 ムーブメント番号は地板かブリッジに彫り込まれています。これは続き番号となっていますが、これにより製造された数量を知ることはできません。ムーブメント番号60000 となっていても、全ての番号が使われていないため実際は30,000番目ということもあります。2017年、ムーブメント番号が100万に近づいた時、オーデマ ピゲが実際に製造しウォッチに搭載したのは800,000個でした。番号はウォッチ製造の正確な時期を示してもいません。ムーブメントブランクが製造された数十年後にケーシングされることもあるからです。今日ではムーブメント番号は二つの文字と4桁の数字で構成されています。 二つ目の番号、「ビッグケースナンバー」と呼ばれるものはケースバックまたはケース内部に彫られている番号です。当初はムーブメント番号と同じでしたが、この方法はウォッチが単品生産であった時代のみに使用されました。1951年にウォッチモデルという考え方が生まれ、同じモデルで少数ロットを製造することになり、オーデマ ピゲはそれぞれのケースに個別番号をつけるようになりました。始めは101から始まる続き番号でしたが、1975年頃、ラージケースナンバーが文字を含む形(一文字と5桁の続き番号)になりました。その後2017年にランダムな文字数列となります。 1951年のモデルの導入により、モデル番号またはリファレンス番号が作られました。ウォッチに全てが彫り込まれるわけではありませんが、番号は次第に複雑化し、モデル番号だけでなく素材、ジェムセット、仕上げ、バックル/クラスプ、ストラップ/ブレスレットと素材、ダイヤルなどを示す番号となりました。この方法は今も使われています。

まとめ

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来歴を知る

物事の盛衰があらかじめ決まっているような今日の社会では、メーカーが新製品を発売した時にはすでに物語は終わっているかのようです。保証期間が過ぎるとオブジェは修理するよりも新品を買った方が安いということになります。オートオルロジュリーの主要なブランドの一つであるオーデマ ピゲではその逆に、ウォッチがアトリエから出荷される時に本当の物語が始まります。

数十年、数百年も使えるよう設計されたウォッチは、定期的にアフターサービスや修理を行ってメンテナンスします。最良のシナリオはオーデマ ピゲのアトリエがこれらすべてを行うことです。しかし現実には他のサービス機関により、そこにあるツールや部品、習慣によりメンテナンスが行われることも多いのです。コレクターの中には自分でウォッチを修理してしまう強者もいます!

オーデマ ピゲにとっては、どんな条件下であっても真贋性を確認し製造時期を特定することが非常に重要です。時計師はウォッチの「来歴」を読み取ることができなければなりません。ウォッチをオリジナルの状態に復元するため、またその真贋性と機能を確かめ次の世代に渡すためにこれは必須です。

2014年:""ユニヴェルセル""ウォッチと呼ばれるタイムピースに搭載された22リーニュのキャリバーの復元 古い記録簿を調べ当時の部品を使い、専門的知識を動員して歴史的なアンティークウォッチを識別し復元する。互いの経験をシェアしつつ作業を行う中で、今は知られていない技術を再発見することもある。オーデマ ピゲの画像。

2020年:1900年代のムーブメント部品 オーデマ ピゲ復元アトリエでは19世紀に製造された部品の在庫を保管している。キャリバーの名前が記された箱に部品が入っている。時計師はこれらの部品から情報を得て、必要な時には当時のツールで部品を復元することができる。オーデマ ピゲ撮影。

2016年:古い部品の保存 ムーブメント部品の他に、オーデマ ピゲ復元アトリエでは古い針、クリスタル、その他の外装部品を保存しており、これらを使ってウォッチを復元することができる。オーデマ ピゲ撮影。

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個々のウォッチに固有の番号

ウォッチの来歴を知ることのできる最初の方法は、ケースとムーブメントに彫り込まれた数字を見ることです。オーデマ ピゲではこれらの番号は時を経て増え、長いものになりました。キャリバー番号、モデル番号、ブレスレット番号などです。これらのコードは社内使用で、特に修理とウォッチのマーケティングに使われていました。一般の人にはそれを理解することは不可能でしたが、コレクターたちは早くからこれらの番号によりウォッチの歴史、真贋性、希少性などを知ることができることに着目していました。

彫り込まれた番号は、ブランドのルーツをさかのぼります。アーカイブの製造登記簿には彫り込まれた番号がすべて記載されています。これらの製造登記簿は1882年から今日まで継続しています。時代によりやや違いはありますが内容は豊かで記載も多く、それぞれのウォッチに搭載されたメカニズムの種類、機能だけでなく外装についても記されている場合があります。

1882年:オーデマ ピゲ製造記録簿 オーデマ ピゲ アーカイブ最古の製造記録簿、最初の見開きページ。記載してある13本のウォッチは全てがコンプリケーションで、9本はミニッツリピーターを搭載している。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1931~1933年:オーデマ ピゲ製造記録簿 19世紀から2020年の始めまで、製造されたウォッチは全てル・ブラッシュのアトリエから出荷される際に製造記録簿に記載された。この見開きページから、大恐慌時代の1932年にはブランク(未完成のムーブメント)が2個売れただけという深刻な状態が見てとれる。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1951年:キャリバー14MVIのクローズアップ シグネチャーとムーブメント番号がソヌリバレルブリッジに彫られている。19世紀終わり頃の技術を思わせるスタイル。ムーブメントの最初のバージョンで、50年後にモデル5528として販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1633。

ウォッチ記録簿 No. 46 1951年以前は全てのオーデマ ピゲウォッチは一点ものだった。ウォッチ記録簿 No. 46には1929年から1930年半ばまでに販売されたウォッチの全てにつき細かく記述している。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1928年:コンプリートカレンダー ウォッチと製造記録 製造記録に見えるように、このコンプリートカレンダー ウォッチはムーブメントとケースno.3457、キャリバー10GHSMを搭載。 ""グリーンゴールド""ケース、 ""ブルーブレゲ""針の記載がある。14KゴールドダイヤルにÀ L'ÉMERAUDE LAUSANNEと記されている。プレモデル180。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.159。

1907~1927年:「ジョン・シェッファー」と`呼ばれるウォッチのアーカイブ 1951年前、全てのオーデマ ピゲ ウォッチは一点ものだった。一つ一つのウォッチは記録簿に細かく内容が記されている。このページにはウォッチno. 11649の1907年の最初のバージョンから、1927年のダイヤルカスタム化までが記されている。ウォッチがル・ブラッシュに戻ってくると、用紙が一枚追加され時計師が行った工程が記述される。オーデマ ピゲ アーカイブ。

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ムーブメント番号

19世紀からオーデマ ピゲのムーブメントは全て、地板かブリッジに固有の番号がエングレービングされています。この番号は製造登記簿(エタブリサージュ登記簿)に丁寧に記載されています。最も古い登記簿は消失してしまいましたので、現在見ることのできる番号は1882年からのもので、2000番から番号が続いています。

ウォッチの来歴は登記簿の情報とウォッチに彫られた情報を比較することにより知ることができます。例えば、3824番は1890年に販売されたダブルコンプリケーションポケットウォッチで、登記簿によりオーデマ ピゲ ヘリテージ コレクションに入っている(写真付)こともわかります。同じコレクションからもう一つの例を紹介します。ムーブメント番号30828 は1924年販売のミニチュア ミニッツ リピーターで、ル・ブラッシュのミュゼ アトリエ オーデマ ピゲに2020年から展示(写真付)されています。

ダブルコンプリケーション ポケットウォッチno.3824と製造記録 19世紀、キャリバー番号を設置する前は一つ一つのムーブメントに違いがあったため、メカニズムの主要な特徴を記すことでグループ分けをしていた。直径(18リンニュ、または40.6ミリ)、機能(ミニッツリピーター、クロノグラフ)、素材(ここでニッケルとはニッケルシルバー)が記されている。このウォッチは一世紀後、1890年にオーデマ ピゲ ヘリテージ コレクションに入った(inv.25)。

1890年:ダブルコンプリケーションのポケットウォッチ、ムーブメント側 ミニッツリピーター、スプリットセコンドクロノグラフ。リンニュのキャリバー(40.6ミリ)、ムーブメント3824。エナメルダイヤル。51.6ミリケースno.3824、18Kピンクゴールド。1890年7月に販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.25。

1890年:ダブルコンプリケーション ポケットウォッチのクローズアップ ムーブメント番号をスプリットセコンドブリッジにゴールドでエングレービング。スプリットセコンド歯車の非常に薄い歯とハイレベルの仕上げが注目される。ネジ留めのスタッド、ポリッシュ仕上げ、スティール部品の面取り、幅広の「コート・ド・ジュネーブ」モチーフ、ニッケルなど。オーデマ ピゲ ヘリテージ inv.25。

1926年:ミニッツリピーター ウォッチ 最初のケーシングはプラチナ(1925年)だったが、翌年ホワイトゴールドで再ケーシングされた。キャリバー11SMV#5、ムーブメント30674。サテン仕上げのダイヤル。ケースno.30674、18Kホワイトゴールド。1925年にGübelinに販売、1926年にリセット。プレモデル198。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1227。

1926年:キャリバー11SMV#5 接近したミラーポリッシュ仕上げのゴング使用のミニッツリピーター 。コート・ド・ジュネーブ装飾、ジグザグ形ブリッジ。29石。ムーブメント30674、1925年にプレモデル198にケーシング。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1227。

1926年:キャリバー11SMV#5のクローズアップ ムーブメント番号がクラウンホイールブリッジに彫られている。ギルド彫版によりムーブメントの石数、精度検査の姿勢数を記載。ムーブメント30674、1925年にプレモデル198にケーシング。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1227。

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ムーブメント番号と製造統計

ムーブメント番号は続き番号ですから、歴史家はオーデマ ピゲのトータル製造数はその時代の最も大きいムーブメント番号に相当するのではないかと思いがちです。例えば、上記のミニッツリピーターNo. 30828 (1924年)はオーデマ ピゲの製造した30,828番目のウォッチではないかと。つまり1924年には30,000本以上のウォッチを製造したことになるのですが、記録を分析するとそうではないことがわかります。

それは、使われていない番号がたくさんあるからです。記録のある最初の10年間は、番号の半分ほどしか使われていません。例えばウォッチNo. 60000 (1956年)は、1875年以来オーデマ ピゲが製造した30,000本目ほどにあたります。

時計師たちはなぜ全部の番号を使わないのでしょうか?これはいまだに謎ですが、このやり方は20世紀後半から徐々に少なくなり、その後は全くなくなりました。つまり、2017年にムーブメント番号が100万に近づいた時、トータル製造数は約800,000本であったと考えることができ、これは142年かけてロレックスの一年分を作ったことになります。

それにオーデマ ピゲのムーブメント番号が1000000になったことはありませんでした。999988の後、オーデマ ピゲは二つの文字に4桁の数字を続けるという文字列構造を採用したのです。例えばAA0001という6文字の番号はAA9999までとし、その次はAB0001となるという具合です。

1880~2017年:ムーブメント番号によるオーデマ ピゲウォッチの販売時期の推測
ウォッチムーブメントに彫り込まれている番号により、いつ頃販売されたかを推測することができる。ただし精度の高い情報を得るにはウォッチを詳細に鑑定することが必要である。

から
1880*-1889 2000 4500
1890-1899 4000 6500
1900-1909 6000 14000
1910-1919 11000 27000
1920-1929 23000 42000
1930-1939 41000 45000
1940-1949 44000 60000
1950-1959 55000 80000
1960-1969 72000 120000
1970-1979 110000 230000
1980-1989 220000 350000
1990-1999 330000 490000
2000-2009 475000 750000
2010-2017 700000 999999
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正確な製造時期を知る最初のポイント

オーデマ ピゲ ウォッチを持つ人は、ムーブメント番号から製造時期を知ろうとするかもしれません。その理由は簡単で、続き番号だから番号が大きくなる方向にいつも進むと思うからです。製造記録簿の一部を見てみるとこの仮定は正しいことがわかります。例えば、20900から21000までのほとんどの番号は1918年頃に作られたウォッチに相当します。しかし1950年代の始めでは、番号は57000~60000でした(前の章の表を参照)。

もちろんこの傾向にもいくつかの例外があります。ムーブメント番号だけではウォッチの正確な製造時期を知ることはできません。理由の一つは、オーデマ ピゲが調達していたムーブメントブランクがすでに番号付けられていたこと、そしてブランクは完成ムーブメントに仕上げてケーシングするまでに数年間(時には数十年)在庫となることがありました。それに加え、外装を変えて数回ケーシングされるムーブメントもあったのです。良い例があります: 「Audemars Piguet 20th Century Complicated Wristwatches」という本の73ページにあるミニッツリピーターウォッチNo. 8712ですが、これは1951年にケーシングされ、販売されました。でも搭載キャリバーは1886年頃に製造されたものだったのです。

1951年:ミニッツリピーター ウォッチ no.8712と製造記録 1951年にケーシングされたこのウォッチ(モデル5528)は1880年代に製造されたキャリバーを搭載。オーデマ ピゲにより5回ケーシングされている(1889年、1900年、1904年、1921年、1951年)。1886年の製造番号3844は1904年に8712に変更される。キャリバー 14MVI。ケースとムーブメント 8712。18Kイエローゴールド。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1633。

1951年:ミニッツリピーター ウォッチ no.8712 ミニッツリピーター。キャリバー14MVI(1886年頃のブランク)。シルバーカラーのダイヤルケースとムーブメント 8712。18Kイエローゴールド。1951年、ニューヨークで販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1633。

1951年:キャリバー14MVI No. 8712 離したミラーポリッシュゴング使用のミニッツリピーター 。コート・ド・ジュネーブ装飾のストレートブリッジ。30石。1880年代終わりに製造されされたブランク。その後何度もケーシングされ、番号が変わった。最後のケーシングは1951年、モデル5528。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1633。

1951年:キャリバー14MVIのクローズアップ シグネチャーとムーブメント番号がソヌリバレルブリッジに彫られている。19世紀終わり頃の技術を思わせるスタイル。ムーブメントの最初のバージョンで、50年後にモデル5528として販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1633。

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ビッグケースナンバー

オーデマ ピゲのウォッチは全て、ケースに番号が彫り込まれています。ケースバックまたは内側、時には両方のこともあります。これらをビッグ ケースナンバーと呼ぶことにします(スモール ロイヤル オーク ナンバーに対して)。およそ75年間、この番号はムーブメントの番号と同じでした。それぞれのウォッチは単品製造だったので、ムーブメントと外装は互いに合わせて作られていたのです。もし番号が違うことがあったら、それは外装がオーデマ ピゲと直接の関係なしに作られたことを意味します。

1950年代の始め、西欧諸国では工業が大きく発展し長期間の繁栄が続きました。この時期、オーデマ ピゲも近代化を進めました。この再編成の結果の一つにビッグ ケースナンバーの変更があります。つまり初めてムーブメント番号と別になったのです。以降、オーデマ ピゲはケースメーカーから既に番号のついたケースのロットを購入することができるようになりました。そしてそれらをル・ブラッシュでケーシングする時にムーブメントと自由に組み合わせることができたのです。

こうして例えば1951年に、ムーブメント54651を搭載したウォッチに、101の番号がエングレービングされるということがあった訳です。ケース番号は続き番号を使っていました。102、103という具合です。 (「ケース登記簿」)が作られこれに手書きで記載されました。1975~1976年頃、オーデマ ピゲは番号が100000に近づいた時、ナンバリング構造を変更して、数字の前にアルファベット文字を1つ加えることにしました。新しい番号はBから始まりました。その前の100,000ほどのアルファベットがついていないケースは、自動的にAのビッグ ケースナンバーと考えることができます

こうしてビッグ ケースナンバーはアルファベット1文字プラス1から99,999までの数字ということになりました。例えば1981年製造のオープンワーク クロノグラフ ウォッチはケース番号B61720で、ムーブメント番号は244108です(写真)。続き番号は決して100,000まで行くことはありません。これは小さなケースの場合、長い数字をエングレービングするのが難しいということもあります。そしてC99999のあと、次の番号はD1 から始まります。ムーブメント番号については、ラージケースナンバーが製造時期について最初の情報を与えてくれますが、より正確に想定するには十分ではありません(イラスト表を参照)。

このナンバリング構造はアルファベットがKまで来た2017年まで続きました。この時、ケースの番号構造は再度変わり、ランダムな数字と文字の組み合わせになって行きます。

1929年:ダブルコンプリケーション ポケットウォッチ、ケースバック側から開けた状態 ミニッツリピーター、フルカレンダー、ジャンピングアワー、ラージムーン、月齢がブリッジ側に見える。キャリバー18SMV#2(1920年のブランク)48ミリ、プラチナケースno.26852(カバーの内側にエングレービングが見える)。1929年にビットマン サンモリッツ(スイス)に販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1753。

1914年:ミニッツリピーター ポケットウォッチ、ケースバック側 ミニッツリピーターキャリバー18SMV#4(1910年のブランク)、ムーブメントとケースno.13646(クラウンブリッジとドーム内側にエングレービングが見える)。ケース47ミリ、18Kイエローゴールド。1914年2月、ニューヨークで販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.92。

1951年:オーデマ ピゲ ケース製造記録簿 1951年以降、オーデマ ピゲはムーブメント番号(19世紀からの通し番号)をケース番号と分け、ケース番号は101から始まった。右の欄はモデル番号。左:最初のケース記録見開きページ。右:Bシリーズの最初の記録、見開きページ。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1981年:クロノグラフ ウォッチ5556BA、ケースバック側 美しいオープンワークが施されたキャリバー5030は、13リンニュのValjoux 23ムーブメントブランクを使用。ムーブメント244108(テンプの下部に手作業のエングレービング)イエローゴールド ブレスレット 498、ポリッシュメッシュ。ケースB61720(コラムホイールの上のベゼルに手作業のエングレービング)。1981年1月、米国に販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.743。

2003年:グランドソヌリ 25896PT (1998年)、ケースバック側 クォーターリピーター。キャリバー2868 (1996年) オープンワーク、ムーブメント404086(1997年のブランク)。ケースno.D87337、プラチナ。2003年4月、ニューヨークで販売。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1951~2020年:ケースのラージナンバーによるオーデマ ピゲ ウォッチの販売時期の推測
1951年以来、ケース番号とムーブメント番号が分けられた。これにより、ウォッチの最初の販売時期を推測することができる。ただし精度の高い情報を得るにはウォッチを詳細に調べることが必要である。

ビッグ ケースナンバー
から 開始 終了およそ
101 105393 1951 1976
B 1 B 99999 1975 1990
C 1 C 99999 1984 1995
D 1 D 99999 1991 2000
E 1 E 99999 1998 2010
F 1 F 99999 2003 2010
G 1 G 99999 2009 2015
H 1 H 99999 2011 2015
I 1 I 99999 2013 2020
J 1 J 94000 2015 2020
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モデル番号

上記の1951年の体制再編の時に戻ってみましょう。それまではオーデマ ピゲのクラフツマンたちにとって、全く同じ二つのウォッチを作るという習慣は存在しませんでした。個々のウォッチは完成ウォッチ登記簿という小さなハードカバーのブックに一つ一つ書き込まれました。

しかし終戦後の経済発展により製造が急増し販売が拡大したため、この管理方法を見直し、ウォッチを小ロットのシリーズとして製造することを決めました。この変革は、ブランドにとって新しい ウォッチモデルというコンセプトをもたらしました。

モデル番号(リファレンス番号とも呼ばれる)の使用は販売上大きなメリットをもたらしました。オーデマ ピゲの販売店は初めて、同じモデルを複数注文することができるようになりました。当時、オーゲマ ピゲはリテイラーにウォッチを販売していました。コレクションを紹介する小さなカタログやパンフレットその他の販売促進ツールを作成し、ブランドはエンドユーザーにも直接に語りかけることができるようになりました。

1951年以降、ビッグ ケースナンバーはムーブメント番号と切り離し、モデルとして管理されます。この番号はウォッチにエングレービングされることは少なかったのですが、ケース登記簿と製造登記簿には必ず記載されていました。番号付きの写真、カタログ、製品資料も記載され、同じモデルのウォッチの特徴が記されていました。

1960年:オーデマ ピゲのカタログ 当時最薄(1.64ミリ)のキャリバー2003を搭載したモデル5043、5125、5141。1960年代に入る頃、これらのモデルはオーデマ ピゲのコアコレクションに入っていた。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1960年頃:オーデマ ピゲのカタログ これらのウォッチはモデル番号(5806、5813、5976)と共にブランドのカタログに掲載されているが、搭載したミニチュアムーブメントが技術的に難しいものであったため、一握りの数しか製造されていない。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1972年:オーデマ ピゲのカタログ モデル5429、5427、5420、5419にはエクストラ シン自動巻きキャリバー2120、またはその派生キャリバ-2121(デイト表示付)が搭載されていた。フォルムは当時のテレビを思わせる。オーデマ ピゲ アーカイブ。

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徐々に移行

この新しい構造は製造方法に大きな変更があったというわけではありません。製造は従来通り、手作業が多く維持されていました。ロットは10本から20本、またはそれ以下の少数に限ったシリーズです。オーデマ ピゲは依然として多種のキャリバーを製造し、数百のモデルを展開していました。例えば1951年には少なくとも15種の異なるキャリバーが製造され、900本のウォッチが販売されていました。

こうしてモデルという概念がオーデマ ピゲで確立した時、他のブランドは工業化が進んだことにより新たな品番構造を必要としている状態にありました。当初オーデマ ピゲでのモデル番号は、ケースの形状とサイズのみにより決められていました。素材はすぐに加えられましたが、モデル番号にストラップ/ブレスレット、仕上げ、ダイヤルバージョンが加えられるのは数十年後になります。

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新しい表現の誕生

当初4桁だったモデル番号は次第に自らの言葉を見つけるようになります。ダブルコンプリケーションのポケットウォッチについて表記する時、1912年であれば詳細に内容を記していました。新しいナンバリング構造ではモデル番号5043、5402または15202を記すだけで、どのタイムピースであるのかが特定されます。モデル番号はウォッチを人に例えれば姓名のうち、名のようなものです。

1950年代の終わりから、時計師たちはモデル番号をもとにしたタイムピースのカテゴリーまたはグループを作りました。ナンバリング構造はウォッチが複雑になり種類も増えてくるにつれ改善されていきました。1997年のカスタマーサービス部門が行った調査では以下のようなカテゴリーが設けられています:

N° 4000から4999:メンズウォッチ、メタルブレスレット

N° 5000から5499:古いメンズモデル

N° 5500から5599:コンプリケーションウォッチ(ポケットウォッチと腕時計)

N° 5600から5799:ポケットウォッチ

N° 5800から5999:古いレディースモデル

N° 6000から6999:クォーツウォッチ

N° 7000から7999:レディース機械式ウォッチ、レザーストラップ

N° 8000から9999:レディース機械式ウォッチ、メタルブレスレット

1950~ 60年代:モデルカタログ 1920年代からすでにオーデマ ピゲの配給の担当者は、多くのウォッチサンプルと写真バインダーを入れたブリーフケースを持って世界中を飛び回っていた。1951年、モデル番号を導入し発注がしやすくなった。販売店はカタログにある別のダイヤルを要望することもできた。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1950~ 60年代:モデルカタログ 世界最小のメカニズムを搭載したこれらのモデルは、美しいデザインと豊かなバリエーションを揃えていた。中には単品として製造・販売されたものもあった。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1970年代:モデルカタログ 基本的に単品として製造されたこれらのウルトラ シン ポケットウォッチモデルは全て、フルオープンワークのキャリバー5017を搭載。オーデマ ピゲ アーカイブ。

1997年:顧客サービスの調査 1951年から1997年までのオーデマ ピゲ ウォッチの主要なカテゴリーのリスト。4桁のシステムとその後1980年代中盤に導入された5桁のシステムとの関係性がわかる。 オーデマ ピゲ アーカイブ。

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5桁の品番

1970年代には製造の体制が整い、1973年には技術部門が発足しました。こうして製造登記簿が作られ、その後にカタログ、ブレスレットの品番が加えられました。メタルも記号がつけられ、品番の前か後ろに追加されています。"ST" はスティール、"BA"はイエローゴールド、"BC"はホワイトゴールド、"SA"はスティールとゴールドのバイカラーです。例えば5002BAは、イエローゴールドのウォッチ5002を示します。このシステムは21世紀を通じてさらに詳しいものとなりました。12ほどの品番が含まれ、主要なものはイラストがついています。

ハンドクラフトの小ロットや単品を大切にしているオーデマ ピゲは、急速に数百のモデルを開発しました。1980年代の始めには、新モデルに4桁の番号をふるには不十分であることがわかってきました。そこでジャック=ルイ・オーデマと、当時経営実務にあたっていたジョルジュ・ゴレイは5桁目を加えることにしました。このシステムは1984–85年から製造に適用され、1986年からカタログに適用されました。新しい品番は全て5桁の数字となり、古いものも番号をつけ直しました。ですから5402が25402となり、8638は78638になるという具合です。

後に「ルートリファレンス」と呼ばれることになるこの5桁の数字のコードは、数量拡大に備えモデル番号を管理するベースとなるものです。2000年始めから徐々にジェムセット、仕上げ、バックル/クラスプ、ブレスレット、素材、ダイヤルなど(表を参照)の情報が追加されました。

ケース素材の略語
1970年以降、ウォッチのモデル番号には主要素材(またはケースの素材)が追加されている。

コード 素材 コード 素材
AA グリーンゴールド OK ピンクゴールド/ラバー
AC イエローゴールド/ホワイトゴールド OL ピンクゴールド/タンタル
AG シルバー OM ピンクゴールド/サーマット
AE アラクライト OR ピンクゴールド
AI アラクライト/チタン OS フォージドカーボン/スティール
AK イエローゴールド/ラバー PA プラチナ/イエローゴールド
AL アルミニウム PO プラチナ/セラミック
AP イエローゴールド/プラチナ PM プラチナ/サーマット
AR イエローゴールド/ピンクゴールド PR Pプラチナ/ピンクゴールド
AU 3つの素材から PT プラチナ
BA イエローゴールド RA ピンクゴールド/イエローゴールド
BC ホワイトゴールド RC ピンクゴールド/ホワイトゴールド
CA ホワイトゴールド/イエローゴールド RO ピンクゴールド/セラミック
CB ホワイトセラミック RP ピンクゴールド/プラチナ
CE ブラックセラミック SA スティール/イエローゴールド
CK ホワイトゴールド/ラバー SB ブルーPVD加工スティール
CN ホワイトゴールド/セラミック SC ブルーPVD加工スティール
CR ホワイトゴールド/ピンクゴールド SK スティール/ラバー
FC カーボンファイバー SN ブラックPVD加工スティール
FO フォージドカーボン/セラミック SO スティール/カーボン
FR カーボン/ピンクゴールド SP スティール/プラチナ
FS カーボン/スティール SR スティール/ピンクゴールド
IA チタン/イエローゴールド ST スティール
IB チタン/ブルーPVD加工スティール TA タンタル/イエローゴールド
IC チタン/ホワイトゴールド TI チタン
IK チタン/ラバー TK タンタル/ラバー
IO チタン/セラミック TL タンタル
IM チタン/サーマット TP タンタル/プラチナ
IP チタン/プラチナ TR タンタル/ピンクゴールド
IR チタン/ピンクゴールド TS スティール/タンタル
IS チタン/スティール TT タンタル/スティール
LT 真鍮 ZI ホワイトダイヤモンド/ブルーサファイアセット
OI ピンクゴールド/チタン ZO ホワイトダイヤモンド/オニキスセット
OF ピンクゴールド/フォージドカーボン    

オーデマ ピゲ モデルのリファレンス番号の構成
1950年頃から2000年初めにかけて、オーデマ ピゲ ウォッチのリファレンス番号はウォッチデザインに関する基本情報を示すようになった。

特徴
ルートレファレンス (4-5桁)

ケースの素材 (2文字)
仕上げ
(2文字)

レザーストラップの場合はバックル (AまたはD)

ブレスレット (モデル番号のカラーコード)

ストラップの素材 (2文字)
ダイヤル
(2文字)
例 1 15202 ST OO   944 ST 3
内容 Royal Oak スティール スタンダードの装飾   RO ストラップ スティール ブルーダイヤル
例 2 15180 BC OO A 2 CR 1
内容 Jules Audemars ホワイトゴールド スタンダードの装飾 ピンバックル ブラック アリゲーターレザー シルバーカラーダイヤル
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スモール ロイヤル オーク ナンバー

1972年発売のロイヤル オーク5402STは時計業界で小さな革命を起こしました。そのデザイン、スティールという素材の扱い方、スポーツ性とクラフツマンシップ、近代性と伝統、これら全てがオートオルロジュリーのコードをくつがえしたのです。それよりは小さなスケールですが、このウォッチはオーデマ ピゲ ウォッチの番号システムを変更させました。このモデルの希少性と価値を表すため(初めて1000本以上の同じモデルがシリーズとして製造された)、ブランドはスモール ロイヤル オーク ナンバーまたはスモール ケースナンバー を導入することを決めました。これについては別の記事でご紹介しています。

つまり、ビッグ ケースナンバーはケースの内側に記されることになり、アルファベット文字に数字が続くコードが使われました。当初はウォッチの所有者のための番号だったものです。限定モデルのコンセプトも想定したこのシステムは、モデル番号がA1からA2000、次にB1000からB2000というように続きます。1976年から2010年代の終わりにかけて、ロイヤル オークモデルのためのシンプルなバージョンが適用されました。

1973年:ロイヤル オークのパンフレット(抜粋) 1973年のロイヤル オークの宣伝リーフレットでは新しい番号システムのメリットについて説明している。オーデマ ピゲ アーカイブ。

5402 一体型モノコックケースバックとケースミドル、 ""ロイヤル オーク No A 26""のエングレービング ロイヤル オークのロゴと「スモールナンバー」がウォッチのケースバックに大きな文字でエングレービングされている。この記載はユーザーのためのもの。時計師たちが使用する他の認識番号はケースの内側に記載されている。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.365。

1972年:ロイヤル オーク5402ST no.A26、ケースバック側 キャリバー2121、ムーブメント127059。ブレスレット344、T21 タペストリーダイヤル。39ミリ、スティールケース67026。1972年にガメオに販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.365。

1996年:ロイヤル オーク15002ST no.92、ケースバック側 デイト。キャリバー2121、ムーブメント405930。ブレスレット 944。T21 タペストリーダイヤル。ケースD67713、39ミリ、スティール。1996年、AP Fintime(イタリア)に販売。オーデマ ピゲ ヘリテージ、 inv.1964。

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結論

ウォッチの長期の寿命を想定して作られたオーデマ ピゲのナンバリング構造は、1875年以降徐々に拡大し市場のニーズに応え技術を駆使して、マニュファクチュールの発展を支えてきました。このナンバリング構造には2017年に大規模な変更が施されました。ムーブメントとケースの番号構造はアルファベットと数字を随意に組み合わせたものとなりました。

この構造変更の唯一の例外はモデル番号でした。ブランドの文化に深く根ざしたものであり、オーデマ ピゲの世界とコレクターのコミュニティで広くシェアされた言葉で成り立っているからです。社内でも社外でも、ブランドへのアプローチはモデルのリファレンス番号を使って説明や紹介をする能力が重視されます。あなたは15202IP派?それとも26331BA派ですか?

編集チーム:オーデマ ピゲ ヘリテージ チーム

初版:2022年1月24日

 

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